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2017年11月

人の生涯の終わりに触れて思うこと

長く弱っていた義父が安らかに天に召されたのでみおくった。

義父は戦後九州大学で初めて博士号を授与された工学博士2人のうちの1人で、全生涯を学問と研究に捧げた人だった。60歳を迎えるころか、求道の末たどり着いたのがキリスト教だった。よって最後の見送りも通い続けた教会で、長く導かれた牧師さんや信者のお仲間によるものだった。それは喪失の悲しみこそあれ、穏やかで心温まる、静かな葬送だった。義父とは遠く離れた生活でほとんど触れあう機会もないままだったけれども、その立派な生涯を思うとき、彼の人生の後半で、これと思える道を見出して全力を尽くすことができたことにはうらやましさと尊敬を禁じ得なかった。

天寿と人生を全うした人の葬儀はそもそも静かなものなのだろうが、その人の全力の軌跡を知るとき、後進の人間として学ぶことは多く、尊敬の念に打たれる。特に、思春期を戦後に迎え、精神的にも肉体的にも過酷な時代を生きてきた人たちのそれは、平和な時代のやわな私たちには到底真似できない、厳しいものだからなおのことだ。3親等内の葬送は初めてだった息子たちにとっても衝撃は大きかったようだ。キリスト教といえど欧米と違い土葬の許されないわが国では当然火葬であって、彼らは灰となった人を初めてみたので、しばらくは無口に押し黙って、自分の中で整理をしているようであった。

思うところは数々あったのだが、特に思われたのがやはり宗教と生き方についてであった。

わたしは大学がプロテスタントのミッションで、きちんとした知識を得たのはその時点からだったが、母が音楽を専門としていたので、特にバッハの音楽から、その世界の存在は認識していた。家の音楽室にあるレコード全集の解説書により、音楽から入るキリスト教にはかなり早くから触れていて、実のところ憧れてさえいたのであった。ピアノの師に、賛美歌をとくに指導してもらっていたころからもキリスト教由来の音楽には非常にひかれていて、大学を選んだのもクワイアに入りたいからであった。

大学の聖書学という講義は哲学とともに一番好きな講義であったが、考えれば考えるほど素直に信じる気持ちになることはできず、入信はできないと結論を下した。子供が生まれて、たまたま自分の価値観と好みと近所の評判とで選んだ幼稚園がミッションだった。とても暖かく優しく、思いやりにあふれた保育をしてくれて、私も子供たちも大変愛した幼稚園だった。

そこで子供たちは基礎的なキリスト教の精神や物語に、日々の保育や行事を通して触れることができた。クリスマスも表面的なきらびやかなものではなく、先生方と保護者による手作りの衣装や贈り物や音楽で祝われるものであった。それは素朴で愛に満ちていて、今思い出しても涙がでるほどなつかしい、善良なものだった。

そんな淡い関わり合いをずっと続けてきたキリスト教なのだが、この度の葬送において改めて向き合う気持ちが少し芽生えたことは否定できない。なにごとがこの穏やかな強さを生むのか、知りたいと思う気持ちがしきりであった。

あなたがいてくれるから私は私以上に強くなれる。前々記事でも書いたこのフレーズが、義父が愛したルター作詞の賛美歌「神はわがやぐら」とともに、頭の中にいつまでも鳴るのだった。

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ヘビロテちゅう~

というわけで、すっかりCOLD PLAYヘビロテちゅう~~

マーチング中、バカのようにきいていた1曲「VIVA La VIDA」は、2009年の金環食の日、朝出勤中の車をとめて食を観察中に、J-WAVEのいつも聞く番組で流していたので知った。聞いた瞬間忘れられないほど好きになってすぐにi-tuneでダウンロード。でもなぜかこのバンドのアルバムを聴こうとはおもわなかった。なぜだろう。。。

それから実に8年もたったのか。おどろきである。今頃になってなぜ。そして今頃までなぜ。

しかもこのバンド自身についてもまったく調べることもなく時が過ぎ去ったのだが、今回あらためて調べてみると、なんと結成は1998年、2000年ごろから売れ始めて日本でもメジャーとなったようでフジロックフェスティバルにも出演しているのね。

そしてさらには、現在では超メジャーなのね。いや~ポップスの世界からどれだけ遠ざかっていたかと今更ながら。だってムスコがしってて、コールドプレイ好きってやつはざらだよ、といわれてびっくり。そうなのね~。私だけが知ってるんだとばかり思ってた(爆笑)

さがしてみたら最近ハマっているアマゾンプライムでもコールドプレイセレクションなんかあったりして、もうそりゃ毎日朝晩聞きまくっておる次第です。

音楽って不思議ね。クラシックでもポップスでも好きと思うとドはまりする。

そしてこれが好きっていうツボが他の人とかぶることはほとんどない。

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雨ばかりの10月と恒例のJAPAN 3DAYS MARCH

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10月活動できたのは27日土曜日の午前中のみ。それも山仲間が来るマラソンレースに出場するための練習にビアンキで伴走という、たいして運動にもなりゃしないアクティビティ。

山仲間の2人が参加する今年で3回目の埼玉国際マラソンは、けっこうあちこちの知り合いがでるらしく、会社のトレラン部からも出場というのでとりあえずゴールぐらいはみにいってみっかー。なにしろ我が家の近辺がコースなのでほぼ終日交通規制により車もだせやしない。

 

そんなくさった週末ばかりだったが、ようやく11月の頭の3連休は見事に晴れ渡ってくれた。なにしろこの3日間は、この3年恒例にしている、東松山市主催のJAPAN 3DAYS MARCHなのだ。Mな人々にはこたえられないきついロングウォーク。初回参加時はなにしろ50キロという距離が初めてで、ゴールはすでに誰もいなくなって暗くなり、へなへなと座り込んで動けず、翌日はベッドから下りられなかった。昨年の2回目はなんとか5時のゴールに滑り込めて、迎えてもらう感動を味わったものの、やはり翌日は20キロにとどまった。しかも2年とも1日が平日にかぶるので、どうしても2日しか歩けなかったところ、ことしはフルにお休みじゃん。

これはもうがんばるしかないです。

ということで、チャレンジしました。

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1日目自分でも思いがけなく好調で、なぜかスタコラ歩けてしまい、4時にゴール。昨年より1時間もはやい!うれしい!しかも前夜いろいろあって3時間しか寝てないのに体調も好調。とおもって帰宅後お風呂に入ってすぐ寝ようとしたら、自覚しない疲労によるのでしょう、お風呂の中で貧血を起こしてしまい、下呂下呂はいてしまった。

 

2日目も4時起きで6:15のスタート。ところが歩き始めから膝に激痛。右足がまったくあがらない。曲げると激痛でひきずりながら2キロくらい耐えたけど、3日目もあるのでこれは50は無理だとあきらめ。それでもくやしいから40コースに入るとあららふしぎ。1時間もすると完全に痛みはとれて快調。しかも40キロは中途半端な距離なので参加者が異常に少なく。コースは空いていてとてもとても気持ちがいい。秋の澄んだ光のなか、埼玉郊外の田舎の伸びやかな風景を行くのは最高に気持ちが良くて、アマゾンプライムのMUSICも足を進めてくれる。採用したCW-Xのおかげか、前日は後半にはすでに悲鳴をあげていた大腿四頭筋やハムストリングスも全く違和感なし。2時半にはゴールしてしまった。この日も同様、お風呂で貧血。昨日よりは距離も短かったせいか、吐くまでにはいたらなかったがしばし動けなくなってしまう。

3日目。とうとう歩きとおせる可能性までたどり着いた。今日は膝はどうだろう。万全を期して、めいっぱいテーピングをし、やはり6時15分ごろスタート。そして痛い。昨日以上の激痛に顔がゆがむのだが、なんとしても完歩(3日間ゴールすること)したい。なにがなんでも。

とはいえ、スピードは普通に歩く以下。アプリで計測すると3キロだ。これでは10時間かかっても30キロしか行けない。暗澹たる想いが立ち込めるがなにくそ。しかしそれにしてもあまりに足が重くて痛い。膝もさることながら足首の前のほうが曲がらない。

 

んん??まてよ??もしかしてテーピングのせい???

 

とおもって、ぐるぐるにまいたテーピングをとったら、あなた。ま~楽になったこと。

 

余計なことはせんこってすな、まったく。これで4キロペースを回復したので機嫌よく歩けたが、一緒に参加している仲間はとっくに50キロにいってしまった。3日目のコースは、40と50がかなり先までコースを共有しているのだが、3時間ほどで分岐点に到達。この時点でも膝は痛い。このままつっこんで途中動けなくなったり、ゴールが夜になったりしたら仲間に迷惑をかけてしまう。でも最後だから燃え尽きてもいいから50行きたい、でも今の自分には土台無理なんじゃないか・・・

 

葛藤につぐ葛藤。結局ものすごくくやしかったけど、40を選択。別れた直後にチェックポイントがあって判明したのが、仲間とはまだ1.5.キロしか離れていないということ。しかも10分もしたところで膝の痛みもあれよというまに解消してしまった。これならいける、もどろうか、と3分ほど立ち止まって思案したけど、これも運命よ、ということで楽しく素早くゴールすることにした。

この先も音楽に背中をおされ、だれもいない静かな山道や田舎道を本当に幸せに歩いて、一度も休まずに千年台という、スペシャルポイントに到着したのが12時。もう残り6キロ。名物の豚汁を賞味し、仲間はまだまだはるか遠くであることを確認、さっさとゴールしたのが2時前。

初めての完歩で、初完歩賞という、王冠付きのバッジをもらっちゃった。うれしい!

こんなもの、とおもうでしょう。でもこれが値千金なんですね、がんばった者にとっては。

山バッジを集める人の気持ちが少しわかる。

 

仲間のゴールを待つ間、鍼をうってもらったり、温泉の足湯サービスを堪能したり、のんびり楽しんだ。本当に濃い、充実した3日間だった。ひとつのことに一生懸命打ち込む喜び、達成したすがすがしさ、得られた自信と誇りは何物にも代えがたい。

来年はコラーゲンをガンガンのんで膝を万全にして絶対50キロ達成してやるぞー。会社やすもうかな。

ちなみに背中を押してくれた音楽は、いつものクラシック路線とはさすがに違い、ポップスなんだけれど、ひとつは大好きなCOLD PLAYVIVA La VIDA。これが最高にぴったりのテンポで、しかも歌詞を覚えたいもんで、15キロくらいこればっかり30回以上は聴いた。もうひとつがこれも大好きなケルティックミュージックのグループ、シークレットガーデン You raise me up

「あなたがわたしに力をくれるから、どんな山の上にでもいける、嵐の海さえ歩ける。あなたのそばにいる限りわたしはわたし以上に強くなれる」という。そうだよね、そうだよ、と自分がより強くなれる気持ちに共感しつつ歩いたのだった。

ちなみに、この「あなた」というのは原作の意味は神様ね、GOD。ケルト文化として考えると多神教だからちょっと違う気がするが、作者がアイルランドの人が中心のユニットという意味で言えばカソリックだから聖母マリアだろうか、それともアイルランド国教会?それとも聖パトリック?ま、こちらは守護聖人だけど。

まあ、なんでもいいんだけど、わたしにとっては人知を超えた偉大な存在。いまのところ。

そして音楽って偉大。

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