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2018年1月

極寒の日々にまた一つ歳をとりました

ラニーニャ恐るべし。毎日氷点下の朝。大雪から10日たって、やっとほぼ乾いた路面が家から駅までつながるようになったのでひさびさに自転車通勤。ほぼ、というのはまだ一部全面氷の日陰があるから。そこだけは押して歩かねばならぬ。

そして明日から明後日、また降るとか降らないとか。実は先週、外の水道がはずれていて、一昼夜噴水状体になっていた模様。だいぶ水道代がかかってしまうかも。ひぃ。

とはいってもしあさっては節分。恵方巻たべなくちゃ。やのあさっては立春だよ。うわあ。

いつも思う。なんでこんなに1年で一番極寒の時期に生まれたのか。だからこんなに寒がりなのかしら。寒いと全面的に機能停止しちゃう。そんななか、方々のお友達からお祝いをいただいて子供気分でうれしがってる。みなさんありがとうございます。当日に設定した健康診断では、昨年より腹囲が5cm以上減って、昨年がんばった筋トレの成果が出ている模様。他の結果は1か月後。あしたは家族といけてるイタ飯屋さんでご飯会の予定。ケーキもたべなくちゃ~。日が近い親友との誕生会も昨年はとばしたので今年は催行予定。何食べにいこうかな。

しかし、おかあちゃん、大変だったろうなぁ。57年前のド田舎ですから。暖房設備も豆炭とかだったろうし、羽毛布団などあるはずもなく、夜泣きがひどかったというわたくしを、母は絞め殺したくなったんだそうです。実話。

そうなのよね。子育てしてたら誰だって1回はそう思う瞬間があるはず。

そんなわけで山も積極的に行かない日々なのでこのごろは走るようになった。回り中なんだかランナー化していて、なんとなく走ってみたら結構走れる。冬場のトレーニングとしてはまあ、手軽だし。

走るようになってわかったのが、音楽が欲しくなること。携帯ももってないといけないからそこから音楽を聴こうとするとコードが邪魔でしかたない。なるほど、だからブルートゥースイヤフォンが流行るわけね。そしていろんなものがあると重くて、がちゃがちゃポケットが動くのが煩わしい。鍵だけはしかたないけれども、そういうわけでみなさん、アップルウォッチとか欲しがるわけね。

さすがに今はそこまではいかないけど、とりあえずコードが邪魔なのは通勤でも感じていたので、初歩的なお安いイヤフォンを買ってみた。左右分離型は高いのでコードでつながっているタイプ。JVCの3000円。まあ、悪くないけどタッチノイズが意外と気になるなあ。

本はスティーブン・キングの代表作といわれているという「IT」を読み始めた。医者にいったら待ち時間が長くて、何も持ってないので隣の本屋で選ぶ間もなく買ったんだけど、まあ、読んでおくべきもののようなのでとりあえず。しかし饒舌だ。この時期アルコールと薬でハイだったということだけど。

映画はついにムスコ1,2とともにスターウォーズを3Dで見に行った。が。

うーん。。。評価が分かれるところらしいが、私はいまいちだったなあ。なんか子供っぽくなった。対話内容も登場人物の関係も単純で、プロットにも奥行きがなくなった。キャスティングもなんか偏ってるし、へたくそな若いのか往年の若者しか出てないし、バランス悪すぎる。役者でひきつける人がいなかった。キャラクターにしても、なんだかへんてこりんなものをたくさん出せばいいってわけじゃないだろ。チューイも人間ぽくなりすぎ。だいたい名前からして違和感満載のスノークはなんじゃありゃ。全編通してわくわく感がなかったなあ。

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旅。。。

旅のスタイルについて考えている。なんでかっていうと、シルクロードに行きたいとおもっているから。ハミウリを食べてみたい。中国から嫁いできた姫が冠のなかにカイコをかくしてきて、中国外では初めて絹が作られたホータンの乾いた街をみたい。タクラマカン砂漠をみたい。中国から西域への民俗の変化をみたい。

 

いわゆるバックパックというスタイル。ほぼ計画はもたず、その日の状況や体調・気分に合わせて、行く場所も日程も方法もその場で決定しながら旅をすること自体を目的とする。時間の制限はないことが多く、基本的に長期になり、そうなると費用も極力切り詰めることになるので、普通貧乏旅行となる。大切にするのは偶然や一期一会、人とのふれあい、出来事の経験。名所旧跡をたずねることに主眼は置かない。

それはそれで面白いし、冒険という意味でも価値があるとおもう。だれでもができることではないというところにもそれをする価値はあるのかもしれない。たしかに旅で一番心に残るのはその時に触れあった人、受けた親切、何気ない街かどだったりする。

一方、時間が限られている一般的な社会人の場合は、なるべく効率よく旅を充実させることが最優先になるから、一番手っ取り早いのが出て戻るまで全部きまったグループツアー。でもこれは楽だけど何も考えないからつまらないし、あまり旅をしたということにはならないと思う。自主性に欠けるからだ。時代が変わったから古い物事が最良とはいわないが、やはり自分の足で歩くのが旅の原始スタイルであることを思えば、揺られているだけで運ばれていくオシキセツアーは旅行ではあっても旅をしているとは言わないだろう。

次は足と宿の手配は自分でして自分だけのプランを立てて現地エージェントに任せる場合。いわゆる個人旅行。自分であるいたり運転したりはしないまでも、行きたいところは自分で決めるから自主性という点においては基本を外れない。これは理想的なのだがいかんせん費用がかさんでしまう。ガイドをつけたりするともっと。最もお金んのかかるスタイルだ。足と宿の手配までエージェントにしてもらえばこれは完璧。いわゆる大名旅行ですね。マージンごっそり入っている勘定ですから。ただし、いい点は、身柄財産の危険は回避できる。ぼったくりや騙しにもほぼ安心していられる。それとなにより、ガイドがいてくれれば現地の人からしかきけない様子が如実に詳しく知ることができるし、疑問があれば即時に対応される。旅をしてなにが辛いって、どうして?なに?をすぐ知ることができないもどかしさだ。この違いがおもしろくて、見たことのないもの、言ったことのない場所をあえて訪ねるわけだから。

ひとりで動いていると、つまりバックパッカー的スタイルだと、見たいものを自分で探すのにものすごく手間取ったり、結局さがせなかったりということが多々ある。字が読めない、言葉がわからない、流儀をしらない、という異邦人のハンディが邪魔するからだ。せっかくそこにいったのに、知っていればもっと感動できたのに、素性がわからないばかりに価値を感じきれなかったというのが、わたしにはとても残念にもったいなく思える。地元のガイドがいればこれは絶対的に回避できる。もちろん人の意見に流されろという意味ではなくて、最低限の知識があってこそ自分の価値判断力や感受性が発揮できるのだと思う。なにもないところから掬い上げる感性だけを大切にするやり方もあるけれども、まあ、これは自分の中でもケースバイケースだから、まして人それぞれ的要素が大きい。

こういう選択は行く場所にも大いに影響されるのであって、先進国ならなんの手配もいらず行くだけでそれなりに楽しめるが、そうでないところに行く場合は危険と不可能がどうしてもつきまとう。交通手段と宿泊が大問題で、さらにぼったくりや騙されたり盗まれたり、命の危険すら生じる。それも含めて旅のだいご味ということもできるけれど、ストレスや受ける被害と天秤にかけてみると、なんのためにそれをするのかがわからないのでは本末転倒な気がする。

「そんなことない、それがおもしろさ。たいしたことないって!愛嬌と度胸で勝負」という向きもある。これは図々しさが必須。実際記録文などを読むと、若い女性であっても無事に旅を成し遂げる人も多い。でもそれは単なる幸運。それに人の好意をあてにしたそれが前提のスタイルであって、それは私の好むところではない。

で、シルクロードを、わたしは西安からできればカシュガルまで行きたいと思っているのだが、これをどういうスタイルでいくか非常に悩み中。仕事やめるかどうかにもよるけど、やめたらお費用のかさむ旅はできなくなるし。中国語は嫌いだから勉強したい気になれない(これについてご意見は受け付けません)。

英語の通じない国での一人の旅が辛いのはウズベキスタンで経験済。どうしようかなぁ。

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5年ぶり?のアイスクライミング

                

寒いです。大寒波だそうで。世界中。逆にオーストラリアじゃ、暑すぎてコウモリの脳みそが溶けて大量死だって。ラニーニャの影響があるとはきいていたけど。有名な三八豪雪もラニーニャだったそうだな。

そんな寒さのなか、わざわざアイスクライミングにいってきました。良い道具をもっているのに宝の持ち腐れ、やらないなら売ってしまえ、と師匠から辛辣なことをいわれてそんなら、と奮起した次第。

とはいっても長らくひどい腰痛を患っていてアイスどころかアルパインそのものができず、自転車も乗れず、という数年を挟んで、実にたぶん5年ぶり。たしか最後は、右足の靭帯を切った後の2月だったと思われる。とすると2012年。うひゃ~~~。

そんなド初心者に戻っているとい申告しているのに、師匠ったらマルチを想定していたようで、当初の予定は吾妻不動だった。金曜夜でて、車中泊、土曜吾妻不動、日曜霧積の予定ででかけたのだが。

どうも先週からよろしくないものが付いてきているのか、なんでもない普通のカーブで縁石にあたったとおもったら師匠号なんとパンク。真夜中氷点下のタイヤ交換とあいなるところ、工具があわないようなのでJAFさんにお願い。結局1時間半ほどのロスで深夜1時半ごろ目的地到着。翌日がんばっておきて吾妻不動にいくも、かなりうろうろしたあげく、八ッ場ダム建設の影響で、滝までいけないことが判明。不運続く。
だからそんな記事をよんだよ、といったのに・・・。

とはいえですね、やはりここはお告げのような気がしてこの日はおとなしくしようと提案。

どうせスペアタイヤでは高速も乗れないし、雪がでてきたらお手上げなので、とにかくタイヤ交換の為町にでることになった。上州は中之条の車屋さんで4輪全部新品のスタッドレスに。これはこれでこちらはありがたい。なんたって師匠、常によれよれの安い中古タイヤしか使ってないから、実はひやひやものだったのだ。

その後晩の買い出しをして霧積に向かい、車中にて鍋のあと、長く寒い夜をひたすらシュラフに潜り込んで寝る。

  
               

霧積は、森村誠一が「人間の照明」の着想を得て、さらに作品に盛り込んだ地として知られている。全く持って山の奥の、だれがわざわざこんなとこ来るの、というほどの秘境だ。そんなこと言ったら怒られそうだけど。でも金湯館は風情があってお湯もわたしは好きだったなあ。今は前にあった場所からさらに奥に移ってるみたいだから、建物も新しくなったのかもしれない。我らが到着した時には都内ナンバーの黄色いS660が停まっていた。こんな車に乗るのは若者にちがいないが、よくまあ、くるなあ、わざわざ泊まりに。安くないよ、このお宿。

そんな霧積は染み出しが凍って氷柱となるアイスクライミングのゲレンデでもある。アイスを始めたころに2回きて、初めてのバーティカルをノーテンで登れたので師匠に褒めてもらったんだが、今回それをいってもすっかり忘れられていた模様。だれもいないね。ここもさびれたね、とかいってトップロープを張り終わったと思ったら、どどどっ~~~~と大量の人がきてびっくりした。どうやらガイド山行らしい。さて、5年ぶりという1本は、アイゼンがまったくあってなかったのにやり始めたのであっというまにパンプしてしまい、半ばで降りてふがいない出だしとなった。人が多くて嫌なので、下のほうに見えていた長いのがあったので、そっちへ転進。だれもいないいい塩梅の30mを独り占めして2,3本。となりのやや優しいのを1本やってもう何も握れないほどパンパンになったところで終了。時間も4時。あとは峠の湯にてしみじみ温まり、下仁田でソースカツどんを食して帰りました。

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八甲田~怪奇編

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1月初めの連休は突然話がまとまって八甲田にいくことになった。

ここ2年ほど、年末の山スキー酸ヶ湯が催行されていないので久しぶり。当然3連休だし酸ヶ湯はまったく空き部屋でず。しかたないので、以前も酸ヶ湯がとれなかった1泊分で初めてお邪魔した深沢温泉にきいてみたらOKという。

ここは、家族でやってる小さな温泉宿で、常連さんだけ知ってるみたいな秘湯系だ。お部屋もプレハブみたいな建物で、部屋には鍵すらついてないけど、小さな流しや冷蔵庫など装備され、自炊もしていいようになっていて便利。前回も自炊で素泊まりだった。
でも予約をした日、どうしてもその名前が思い出せなくて、ネットで調べてもヒットしなくて、ならばとヤフー地図で探しても見つからなくて、最後はとうとうお気に入りの温泉マニアブログからやっとたどり着いたという次第なのだが、これが不思議。帰ってきてからみると、ヤフー地図にもちゃんと載ってる。どうしてわからなかったんだろう。ここから不思議がはじまっていたのだ。

八甲田山をはさんで酸ヶ湯の裏側になるのだが、泉質は全然ちがうキシキシのカルシウム硫酸泉で、薄い黄濁湯。湯量も十分、温度は50度弱というところ。内湯は最初は熱く感じるけど、湯口から遠いところにいれば、慣れれば心地よい温度である。が、小さいながらこの豪雪地帯では珍しい露天はさすがにややぬるい。というかこの八甲田で、冬に営業しているだけでもありがたいことである。八甲田ホテルはすばらしくコンフォータブルな素敵なホテルだけど、ここも泉質は酸ヶ湯とは違い、硫黄泉だけれども透明湯でやや物足りないのがたまにきず。八甲田温泉はラムネ湯がすばらしいけど冬季休業。猿倉も谷地も道路が閉鎖で行けない。

さて。当日埼玉から八甲田まで800キロ。8時半にでて、途中昼ご飯にラーメンをすすって、黒石ICを降りたのが4時ごろ。自炊の為の買い出しをして山に向かう。角のローソンまでは雪もなかったが徐々に厚い圧雪路となり、酸ヶ湯到着が5時。まずはここです。ご挨拶のヒバ千人湯。なつかし~。やっぱここは特別。最高です。とろんとした化粧水のように濃い緑がかった白濁湯は強い酸性。長く浸かると肌がチクチクとかゆくなって湯ただれしてしまう。
そしてここはなんといっても冬ですな。厚い湯気にぼんやりかすむヒバの湯殿にいると、何もかもどうでもよくなるような脱力の海に浮かんでいるよう。おこちゃまのいない、大人の、しずかな空間。ありがたいですなぁ。日本てすてき。
ちなみに夏だと外気温が高くて湯気がこもらないのでいまひとつ風情に欠ける。

さて。18時半ごろ深沢温泉にたどり着き、ご飯を食べた後こちらのお湯を楽しむ。なにしろ猛吹雪。露天にでると顔も体もつぶてのような細かい雪と風にもはや痛い。髪の毛はあっというまにバリバリに凍ってまっしろになる。目の前の林をみながら、嫌でも思われるのは明治陸軍青森の八甲田雪中行軍の惨事。こんななかで遭難したらたまらんなあ、自分がそうなったらいったいどのくらい生きていられるだろうと思う。そうなる可能性も、雪山をやっている以上皆無ではないわけだから、実感をもって考えてしまう。白い悪魔だよ、雪は。
露天の淵に山になってふんわり積もった八甲田独特の綿雪に顔をうずめてみる。温泉で温まった皮膚の回りの雪がじゅわっと溶けていくのがわかる。雪崩にうまってもしばらくは息ができるものなんだな、などと考える。

そうこうしながらいい心持で就寝時間となり布団にもぐりこんでうとうとしていると、なぜかやたらととある名前が頭に浮かぶ。ふか○ ○吉、とかいう名前。○のところはどうしてもわからないのだが、さかんにその名前が浮かんでくるのだ。なんだろなーと思っていると左の耳に口をつけるような近さではっきりと「おいで」という男の声がした。え?と思うものの、なんとなく大したことないように思えてそのまま眠りにおちる。

翌日の夜。露天にはいっていると、目の前の樹の奥にちいさい小屋の明かりがみえたとおもったらふっと消えた。あんなところこに小屋はなかったはずだが・・と思い、翌朝明るいときにみるともちろんないのだ。わりと急な勾配の100mほど上ったところに道路が通っている地形なので、小屋などありえない。では車のライトだったのかというと、そうではなくてちゃんと窓の形の四角い明りが目の前に見えたのだった。なぜ???

さすがに不思議におもって、帰ってから調べてみると、知っていると思っていた甲田の遭難事件については実は全然思い違いをしていて、まったく知らないに等しいことがわかった。わたしは、あの事件は、いわゆる百名山の八甲田山の山中でおこった出来事だとばかり思っていたのだが、実はそうではないのだ。

青森市内の屯地を出発して、百名山の八甲田山の北側である町中から、ちょうど深沢温泉の少し北東の(1キロも離れていない)田代温泉を経由して、八甲田東側を回り込んでいまの田代牧場あたりまで達する山中のルートだったようなのだ。ということは。今回行ったところはまさに遭難のドンピシャの場所なのだよ。210人中199人が遭難死したまさにその場所。いや~知らなかった。

たしかに遭難のシンボルともいえる銅像があるのがすぐ西側県道40号線の分かれ道だ。そしてこの40号線沿線こそ、行軍のルートにあたるのである。しらんかった~。これまで何回かわからないほど八甲田には来ているし、夏も冬も銅像広場は行っているし、山スキーのツアーでは銅像コースばかり滑っている。(ちなみに銅像コースでは10年前に雪崩で2人なくなっているようだが)。知っているつもりがまったくちがっていたことにびっくり。
ちなみに新田次郎が小説化してそれが映画になったものを、学校の体育館で見せられた。これが暗くて寒そうで辛そうで、子供には面白くもクソもないような代物で、なんでこんなものを見せられなきゃならんのかと嫌悪感を覚えたものだ。

で、今回こんなことがあったからあらためて見てみたけれども。いやーひどい。

東北といえばマタギがちゃんといるはずだからそういう人の知見を取り入れるべきだろう。どうかんがえたって。
明治25年とかだとまだ日本の登山は黎明期で、雪山の知識も道具もなかったのだから。ほんとありえない。吹雪なのに動くとか、ビバーク装備もないのに山に入るとかありえない。全く持ってあり得ない。

そして地図を見比べながら記事をつぶさに読むと、あらためて悲惨さと無知蒙昧と意味のない軍上層部の見栄のもたらすバカげた計画に暗澹たる気持ちになりながら、現在公表されている常識内での出来事を知るにつけ、わたしの経験との関連が裏付けされてしまった。深沢温泉のたぶんすぐ近くで、古舘要吉という一等兵がなくなり、ともにはぐれていた村松という士官が、四肢切断されながら生き残ったという。この要吉さんが、吹雪の中遭難したらどんなにつらいだろうと考えていた私の波長に同調したのだとおもわれる。はっきりとした30代くらいの男の野太い声が耳元で聞こえたのだから。

さらに調べると、このあたりは強烈な心霊スポットといわれているらしく、それ系の話は枚挙にいとまがないそうな。

「15時頃には、最後の生存者となる村松伍長が古館要吉一等卒の遺体とともに田代元湯近くの小屋で発見された。村松伍長は四肢切断の上、一時危篤となったがかろうじて回復した。25日朝の遭難当時、村松伍長は古館一等卒らと共に本隊からはぐれ、青森を目指したが進路を誤り、26日午後にこの小屋を見付けた。中には茅が積まれていたがマッチが無かったため火を起こせず、翌日古館一等卒は死亡した。村松伍長は付近で見付けた温泉の湯を飲んで命をつないだが、30日以降は立てなくなり、以後はただ横臥して雪を食べていたという」(出展:wikipedeia)

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年末は北海道スキー

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毎年年末の休みが少なくなっていく。去年までは1日は早く休みに入って、八甲田の山スキーやら山行を楽しんでいたのだが、業務の変更後は月末月初は休めなくなってしまった。

そこへ夫が今年は早くも秋前にリーチをかけてきて、年末3日間がっつり家族スキーが設定されてしまった。まあ、自腹でないし、子供たちとのスキーは楽しいからそれはそれでいいのだが。

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29日、朝から荷物をうけとって洗濯やら掃除やら車のルーフボックス取り付けやらして、上野にむかう。ついてから荷物の確認をして積み込み。羽田へ向かう。駐車場の予約がとれないといっていたが、無事空港Pで空きをみつけて駐車。夫はレンタカーを借りるので一足先に5時半のJALでいくという。残り3人は8時半発のANA.。ここで3時間ほど時差があるが、一緒に車でいったほうがいいので我らは暇つぶしをすることになった。

で、夫がチェックインに向かっているあいだに、ムスコ2がEチケットをなくしたという。これはオンラインチェックインをしているものなのでなくすとひじょーに面倒。しかも夫名義の特典なので自力では再発行不可能。戻ってきた夫にすぐ告げると、自分がいけばなんとかなるかもという。なにしろダイアモンドホルダー。でも、ただでさえ時間がないところ第1ビルから第2ビルへ移動しなければならない。タクシーやら連絡バスを待つほうが時間がかかるというのでひたすら大荷物のカートを押して(板4本、巨大ボストン2個)走りに走る。

受付であれこれやってもらったり操作したり、すったもんだの末、なんとかかんとかボーディングパスを出すことができた。夫また第1ビルまで飛んでいき、なんとか間に合った模様。あとは高いご飯をたべながら3時間つぶして我らも無事搭乗。千歳到着が22時を回るころで、この日は苫小牧のビジネスホテルに泊まるのみ。

だが、ここでまた問題。夫、何もかんがえなかったいうのだが、レンタカーはなんとトヨタ・ヴィッツ。これコンパクトリッターカーですねん。キャリーもなし。これに4人分の板、靴、ボストン2個、各自のザック各1こをつまねばならない。もう、座席面積30㎝四方に天井まで荷物のある状態で3日間すごすことになり。どうかと思う・・・

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翌日、快晴。苫小牧をでて今日はルスツで滑ることにする。ルスツは、ムスコ1が1歳のころ、つまり27年前に一度きているが、なにしろ毎日猛吹雪でほとんどすべった記憶がない。どこにあるかすらよくわからないままだったが、今回やっと場所を把握。後方羊蹄山の南側に位置する。雪はすばらしく軽くてふわふわで、霧氷が最高に美しくて感動的。すいているし、リフトなどレイアウトも新しいし、コースも豊富ですばらしい。ただ、一番左のエリアでペアが1基しか動いていないのだけが不満だった。

とはいえ1日ナイターライトが付くまで久しぶりにすべりまくった。北海道は前回が旭岳・富良野の5年ほど前だが、外国人が増えたのには驚いた。ルスツでも4割弱という感触、しかも白人が多い。聞かれる言葉は英語・フランス語。たぶんオーストラリアやNZからが多いんだと思うけれども、アジア系もたくさんいた。

ゲレ食も以前ほどバカみたいに込んでいないし、値段はそれなりに高いんだけど量もあっておいしかった。

この日、宿は岩内温泉の旅館。広いお部屋でなかなかよろしかった。ケガニの晩御飯もオツでした。

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2日目はニセコときまっていたので、朝ごはんの後向かう。ニセコも10年ほど前か、1度きているが、これまた毎日吹雪吹雪こおりのせかい~~~ってなかんじで、ほとんど記憶がない。あるのは上部の吹きすさぶ吹雪のなかひたすらトラバースしたことだけ。

今回はご覧の通りのぴーかんで、目の前にどーんとそびえる後方羊蹄山がすばらしかった。マッシブなのね~、この山。まだ登っていない北海道百名山のうちの一つなので、2018年夏に計画しておる。もうひとつのこっているのが日高の幌尻。これがまたアプローチが難しい山なので残っているわけだが、一緒に今年やってしまおうと思っている。

ニセコはさらにガイジン率が高いのにびっくり。ここはどこ?

たまたまニセコヴィレッジに駐車してあがったのだが、センターがヒルトンのグリーンリーフ?とかいう宿泊施設からで、ここにうろうろしているガイジンはみな、いかにもお金持ちっ!!!っていう感じの人ばっかり。ちょっと気おくれしながらゲレンデにでる。さすが規模は大きいけれど、森林限界の上部はなにも変化がなくてあんまりおもしろくない。雪も軽くないし、非圧雪は荒れてでこぼこで、滑りにくくて大変つかれる。荒れてても雪が軽かったら全然楽なんだけどねぇ~。怪我しそうでいやなのよね、重く固まった雪。

コースも上級があまりなくて、あっても圧雪のつまんないバーンしかないし、ちょっと自己責任のオフピステ林間に入ってみたけど、これも荒れててあんまり気持ちよくない。コースも雪も、ルスツのほうが何倍もよかった。

ここも3時半までへとへとになるまで滑って、今宵の宿は五色温泉。ちいさい、秘湯の宿系だけど、温泉は硫黄の酸性泉でなかなかよかった。年越しのご飯はすでにおせちな雰囲気。おなか一杯たべてトランプして年を越す。

あけて新年1日は荒れるとわかっていたので、わたしはもうスキーは十分だから温泉巡りでもしようと提案していたのだが、夫はどうしてもキロロに行くという。わざわざネットでしか販売していない3時間券をとても苦労して購入。途中詳細がわからないからとスキー場に電話までして。

そしてたどりついたところが、なんとリフトもゴンドラもほとんど動いていない。これでいけるのは初心者コースと中級が2本ほど。あまりのことに払い戻しの交渉をするも、夫玉砕したもよう。でもねえ、電話までしてるんだから一言教えてくれてもいいよね。現地でリフト券を買うのなら搬器の状況をみてから判断できるけど、ネットでしか売ってないチケットに関しては別条件だとおもうが。全然おもしろくないし、いろいろと運営も非良心的。キロロは二度といかない。

いずれにしてもどうしてもモトをとりたい夫。無理にでも滑るというので付き合う。それでも1時間が限度で、雪風も強くなってきたのであがる。

あとはご飯をたべて、朝からの雪で乱れている千歳で案の定搭乗機が遅れ、東京についたら10時半。埼玉にかえったら11時半でした。ひゃ~つかれた。

あ~ちなみに、新調したブーツだが。いや~長年カントのある靴になれているからか、えらくつったった感じで、足首の前の部分が疲れ、ふくらはぎはぐりぐり押される感じでなんかちょっと違和感ありありだった。なれるのかしら。

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