心と体

極寒の日々にまた一つ歳をとりました

ラニーニャ恐るべし。毎日氷点下の朝。大雪から10日たって、やっとほぼ乾いた路面が家から駅までつながるようになったのでひさびさに自転車通勤。ほぼ、というのはまだ一部全面氷の日陰があるから。そこだけは押して歩かねばならぬ。

そして明日から明後日、また降るとか降らないとか。実は先週、外の水道がはずれていて、一昼夜噴水状体になっていた模様。だいぶ水道代がかかってしまうかも。ひぃ。

とはいってもしあさっては節分。恵方巻たべなくちゃ。やのあさっては立春だよ。うわあ。

いつも思う。なんでこんなに1年で一番極寒の時期に生まれたのか。だからこんなに寒がりなのかしら。寒いと全面的に機能停止しちゃう。そんななか、方々のお友達からお祝いをいただいて子供気分でうれしがってる。みなさんありがとうございます。当日に設定した健康診断では、昨年より腹囲が5cm以上減って、昨年がんばった筋トレの成果が出ている模様。他の結果は1か月後。あしたは家族といけてるイタ飯屋さんでご飯会の予定。ケーキもたべなくちゃ~。日が近い親友との誕生会も昨年はとばしたので今年は催行予定。何食べにいこうかな。

しかし、おかあちゃん、大変だったろうなぁ。57年前のド田舎ですから。暖房設備も豆炭とかだったろうし、羽毛布団などあるはずもなく、夜泣きがひどかったというわたくしを、母は絞め殺したくなったんだそうです。実話。

そうなのよね。子育てしてたら誰だって1回はそう思う瞬間があるはず。

そんなわけで山も積極的に行かない日々なのでこのごろは走るようになった。回り中なんだかランナー化していて、なんとなく走ってみたら結構走れる。冬場のトレーニングとしてはまあ、手軽だし。

走るようになってわかったのが、音楽が欲しくなること。携帯ももってないといけないからそこから音楽を聴こうとするとコードが邪魔でしかたない。なるほど、だからブルートゥースイヤフォンが流行るわけね。そしていろんなものがあると重くて、がちゃがちゃポケットが動くのが煩わしい。鍵だけはしかたないけれども、そういうわけでみなさん、アップルウォッチとか欲しがるわけね。

さすがに今はそこまではいかないけど、とりあえずコードが邪魔なのは通勤でも感じていたので、初歩的なお安いイヤフォンを買ってみた。左右分離型は高いのでコードでつながっているタイプ。JVCの3000円。まあ、悪くないけどタッチノイズが意外と気になるなあ。

本はスティーブン・キングの代表作といわれているという「IT」を読み始めた。医者にいったら待ち時間が長くて、何も持ってないので隣の本屋で選ぶ間もなく買ったんだけど、まあ、読んでおくべきもののようなのでとりあえず。しかし饒舌だ。この時期アルコールと薬でハイだったということだけど。

映画はついにムスコ1,2とともにスターウォーズを3Dで見に行った。が。

うーん。。。評価が分かれるところらしいが、私はいまいちだったなあ。なんか子供っぽくなった。対話内容も登場人物の関係も単純で、プロットにも奥行きがなくなった。キャスティングもなんか偏ってるし、へたくそな若いのか往年の若者しか出てないし、バランス悪すぎる。役者でひきつける人がいなかった。キャラクターにしても、なんだかへんてこりんなものをたくさん出せばいいってわけじゃないだろ。チューイも人間ぽくなりすぎ。だいたい名前からして違和感満載のスノークはなんじゃありゃ。全編通してわくわく感がなかったなあ。

| | コメント (0)

つれづれ

このごろちょいちょい上野の家に泊まるようになった。ちょっと体調悪くて浦和まで戻るのがつらかったり、テレビ見て遅くなったり週末だったり。

一番はBOXセットで買った「ゲーム・オフ・スローンズ」をムスコ1と楽しむためなんだが。これ、シーズン1~6までのBOXで、完結といわれているシーズン8まで待てなかったのと、そこまで待ってしまうとどうせプレミアついたりして高くなりそうな気もしたから。なんたって切れ切れの動画でしかみてないから、美しいしブルーレイで途切れなく楽しめるのはオツであるが、あらためてみるとやはりだいぶとエログロなので、ムスコとはいえ他人とみるのも少々気づまりな部分もある。しかし何度見ても相関関係を理解するのが難しい物語だのう。

そんなわけで浦和はほんとにお風呂入って寝るだけ。お風呂も前ほど長風呂もしないのだが、ひさびさに先週末はゆっくりしたのでアマゾンプライムで映画などたのしんだ。アマゾンプライムにあるのは古いのとかもうみた、ってのばかりなので、たいがい途中まで見ておわり~ってかんじなんだが、今回はなかなかスマッシュヒットで最後まで目が離せなかった。

調べてみたらそれもそのはず。わりと好きな監督であるジュゼッペ・トルナトーレの作品である。なるほど~~。

             鑑定士と顔のない依頼人 - you are my sunshine

鑑定士と顔のない依頼人 La migliore offerta (The Best Offer)

2013年ですな。もちろん音楽はモリコーネ。ですよね~。

キャスティングも、これまた好きな俳優さん。シルヴィア・フークスという女優だけ初めてだけど。ジム・スタージェスは、「アップサイドダウン」や「クラウドアトラス」で印象的だった。あの手の作りはどうも好みらしい。

ジェフリー・ラッシュは「英国王のスピーチ」で記憶に新しい。「シャイン」でアカデミーの男優賞を受賞しているみたいだけど、あまりに昔で全然覚えていない。そうだったのね~って感じ。年取ってからのほうがずっとずっといい味だと思う。パイレーツオブカリビアンなんかにもでてるみたいだけどそれも全然印象がない。

やはりイタリアやフランスものは映像的に美しいわねぇ。そしてストーリーがあって、映画は物語に限る、と思うのである。

本は一時山関連にもどっていたが、シグマシリーズ外伝の、タッカー&ケインフィーチャー「チューリングの遺産」がきたのでとりかかった。あんまり進んでない。並行して黒沢コータローの「珍夜特急シーズン2」が大詰め。とうとう南米最南端ウシュアイアまでたどりついて帰国の港ブエノスアイレスに向かうところ。バイクのメカにもだいぶ詳しくなれて、不幸を呼ぶ男との旅がなんとも痛くて面白い。

バイクといえば借りているヤマハSDRが不調でエンジンがかからなくなり、しょうがないので見てもらったら単にプラグのへたりだったもようで、取り替えたら一発。ひさびさに気持ちよく風をきって楽しんだ。もっと乗らないとなぁ。ほんと楽しい。大型もせっかく教習おわったのに免許だけでもとっとけばよかったなぁ。

乗らないと、といえば先週末はひさびさに自転車。キャニオンで森林公園までいこうとおもったが、どうにも腰がいたくて吉見のイチゴスムージーでお茶を濁してしまった。あまりに痛いので、これまたひさびさに霊視のできる整体師先生にみてもらったところ、たちどころに解消。すばらしい。

腰がいたいのも、運動不足で体重が増えたからなのよね。義父の他界前後の待機やら雨やらで全然うごけなかった10月11月。

春から秋にかけてだいぶストイックに体づくりをしたせいか、自然の摂理に従っているのか、ここへきてやたら食欲旺盛かつ、でんぷんLOVE !!うまいのよねぇ。あさからどら焼き食べたり、4枚切りトーストにバターとジャムたっぷりだったり。日曜はとあるパーティにて大変珍しいデザートをいただいた。お米をクリームで甘く似たプディングにカレー風味のソースがのっかっているものなんだけど、これが妙においしかった。

3aa664c857ec406e8e8f6288afb833c9

またこの先、宴会ごちそうシーズンじゃございませんか。こまったわ。

| | コメント (0)

雨ばかりの10月と恒例のJAPAN 3DAYS MARCH

Img_0454

10月活動できたのは27日土曜日の午前中のみ。それも山仲間が来るマラソンレースに出場するための練習にビアンキで伴走という、たいして運動にもなりゃしないアクティビティ。

山仲間の2人が参加する今年で3回目の埼玉国際マラソンは、けっこうあちこちの知り合いがでるらしく、会社のトレラン部からも出場というのでとりあえずゴールぐらいはみにいってみっかー。なにしろ我が家の近辺がコースなのでほぼ終日交通規制により車もだせやしない。

 

そんなくさった週末ばかりだったが、ようやく11月の頭の3連休は見事に晴れ渡ってくれた。なにしろこの3日間は、この3年恒例にしている、東松山市主催のJAPAN 3DAYS MARCHなのだ。Mな人々にはこたえられないきついロングウォーク。初回参加時はなにしろ50キロという距離が初めてで、ゴールはすでに誰もいなくなって暗くなり、へなへなと座り込んで動けず、翌日はベッドから下りられなかった。昨年の2回目はなんとか5時のゴールに滑り込めて、迎えてもらう感動を味わったものの、やはり翌日は20キロにとどまった。しかも2年とも1日が平日にかぶるので、どうしても2日しか歩けなかったところ、ことしはフルにお休みじゃん。

これはもうがんばるしかないです。

ということで、チャレンジしました。

Img_0452

1日目自分でも思いがけなく好調で、なぜかスタコラ歩けてしまい、4時にゴール。昨年より1時間もはやい!うれしい!しかも前夜いろいろあって3時間しか寝てないのに体調も好調。とおもって帰宅後お風呂に入ってすぐ寝ようとしたら、自覚しない疲労によるのでしょう、お風呂の中で貧血を起こしてしまい、下呂下呂はいてしまった。

 

2日目も4時起きで6:15のスタート。ところが歩き始めから膝に激痛。右足がまったくあがらない。曲げると激痛でひきずりながら2キロくらい耐えたけど、3日目もあるのでこれは50は無理だとあきらめ。それでもくやしいから40コースに入るとあららふしぎ。1時間もすると完全に痛みはとれて快調。しかも40キロは中途半端な距離なので参加者が異常に少なく。コースは空いていてとてもとても気持ちがいい。秋の澄んだ光のなか、埼玉郊外の田舎の伸びやかな風景を行くのは最高に気持ちが良くて、アマゾンプライムのMUSICも足を進めてくれる。採用したCW-Xのおかげか、前日は後半にはすでに悲鳴をあげていた大腿四頭筋やハムストリングスも全く違和感なし。2時半にはゴールしてしまった。この日も同様、お風呂で貧血。昨日よりは距離も短かったせいか、吐くまでにはいたらなかったがしばし動けなくなってしまう。

3日目。とうとう歩きとおせる可能性までたどり着いた。今日は膝はどうだろう。万全を期して、めいっぱいテーピングをし、やはり6時15分ごろスタート。そして痛い。昨日以上の激痛に顔がゆがむのだが、なんとしても完歩(3日間ゴールすること)したい。なにがなんでも。

とはいえ、スピードは普通に歩く以下。アプリで計測すると3キロだ。これでは10時間かかっても30キロしか行けない。暗澹たる想いが立ち込めるがなにくそ。しかしそれにしてもあまりに足が重くて痛い。膝もさることながら足首の前のほうが曲がらない。

 

んん??まてよ??もしかしてテーピングのせい???

 

とおもって、ぐるぐるにまいたテーピングをとったら、あなた。ま~楽になったこと。

 

余計なことはせんこってすな、まったく。これで4キロペースを回復したので機嫌よく歩けたが、一緒に参加している仲間はとっくに50キロにいってしまった。3日目のコースは、40と50がかなり先までコースを共有しているのだが、3時間ほどで分岐点に到達。この時点でも膝は痛い。このままつっこんで途中動けなくなったり、ゴールが夜になったりしたら仲間に迷惑をかけてしまう。でも最後だから燃え尽きてもいいから50行きたい、でも今の自分には土台無理なんじゃないか・・・

 

葛藤につぐ葛藤。結局ものすごくくやしかったけど、40を選択。別れた直後にチェックポイントがあって判明したのが、仲間とはまだ1.5.キロしか離れていないということ。しかも10分もしたところで膝の痛みもあれよというまに解消してしまった。これならいける、もどろうか、と3分ほど立ち止まって思案したけど、これも運命よ、ということで楽しく素早くゴールすることにした。

この先も音楽に背中をおされ、だれもいない静かな山道や田舎道を本当に幸せに歩いて、一度も休まずに千年台という、スペシャルポイントに到着したのが12時。もう残り6キロ。名物の豚汁を賞味し、仲間はまだまだはるか遠くであることを確認、さっさとゴールしたのが2時前。

初めての完歩で、初完歩賞という、王冠付きのバッジをもらっちゃった。うれしい!

こんなもの、とおもうでしょう。でもこれが値千金なんですね、がんばった者にとっては。

山バッジを集める人の気持ちが少しわかる。

 

仲間のゴールを待つ間、鍼をうってもらったり、温泉の足湯サービスを堪能したり、のんびり楽しんだ。本当に濃い、充実した3日間だった。ひとつのことに一生懸命打ち込む喜び、達成したすがすがしさ、得られた自信と誇りは何物にも代えがたい。

来年はコラーゲンをガンガンのんで膝を万全にして絶対50キロ達成してやるぞー。会社やすもうかな。

ちなみに背中を押してくれた音楽は、いつものクラシック路線とはさすがに違い、ポップスなんだけれど、ひとつは大好きなCOLD PLAYVIVA La VIDA。これが最高にぴったりのテンポで、しかも歌詞を覚えたいもんで、15キロくらいこればっかり30回以上は聴いた。もうひとつがこれも大好きなケルティックミュージックのグループ、シークレットガーデン You raise me up

「あなたがわたしに力をくれるから、どんな山の上にでもいける、嵐の海さえ歩ける。あなたのそばにいる限りわたしはわたし以上に強くなれる」という。そうだよね、そうだよ、と自分がより強くなれる気持ちに共感しつつ歩いたのだった。

ちなみに、この「あなた」というのは原作の意味は神様ね、GOD。ケルト文化として考えると多神教だからちょっと違う気がするが、作者がアイルランドの人が中心のユニットという意味で言えばカソリックだから聖母マリアだろうか、それともアイルランド国教会?それとも聖パトリック?ま、こちらは守護聖人だけど。

まあ、なんでもいいんだけど、わたしにとっては人知を超えた偉大な存在。いまのところ。

そして音楽って偉大。

| | コメント (0)

その後

045_mg_4242

2月26日、長年住み慣れた浦和の自宅から引っ越し荷物をだした。
ここに来るときにもそうした、玄関のフェンスを外す作業をせねばならず、そこには20年弱の間に大木に育った野薔薇が、アーチから屋根からに絡んでいて、これを切り倒したのだった。

そしてこんなことになるとは思いもせず、昨年6月にチケットをとり宿をとって計画していたヴェネツィアへの旅を4泊6日で終え、帰ったその日から眠る暇もなく引っ越しだった。

072_mg_4258

毎晩、明け方4時まで荷造りをしてもしても片付かず、幸い今の家をすぐ空ける必要はないので、業者に頼まなければ運べない家具、家電、重い本や大きな布団など、2トン車2台に積み、サンショウウオの穴のように、一度入れたら簡単には出せない狭い都内の新居に無事搬入。
なにしろ狭い敷地の3階建てで、階段は細く曲がりくねって、家具は1階以外すべて吊り上げとなった。幸い、良い業者に巡り合って、一生懸命やってもらった。それでもまだ、3分の1以上ともおもえる荷物や廃棄物が、浦和の家には山のように残った。

161_mg_4314

浦和の家をどうするか、というと、行く行くは売るか貸すかというところなのだが、当面はわたしが一人で住んでいる。いや、正確には猫と二人暮らし。わたしがいる理由がこの16歳になる年寄猫の為と、3月いっぱいは努めなければならない地域の自治会の班長役務のため。猫はかなり衰えているので環境を変えるのが過酷なのと、もうひとつは新居には家主があまり入れたがっていないからだ。たしかにロシアンブルーのダブルコートから排出される抜け毛は半端でない。

084_mg_4267

その浦和の家で待っている猫のもとに、引っ越し当日の夜遅く一人で戻った。

戻って泣いた。予想もしていなかった衝撃に打ちのめされたからだ。正確には17年間、下の子が小学校に入るのを機に引っ越して住んだ浦和の家。こだわって建てた特殊なつくりで、荷物を出すときまでは何ら変化はないつもりだった浦和の家。戻ってみたその家はぽっかり暗い穴のようにがらんとして、ついさっきまであったこれまでの活き活きした慣れた生活が、目の前から突然消えてしまった事実が、今さらながらいきなり襲ってきて、わたしは茫然とした。

275_mg_4391  334_mg_4427

17年間のいろいろな思い出があれやこれやと浮んでくる。

小さかった子供たち。にいちゃんが弟を肩車してふざけていた部屋。勉強をみてやった机。ロフトの階段から下の子が落ちた時、ちょうど来ていた留学生が助けてくれたこと。
それからしばらくの間、仕事をしていても電車にのっていても、ふいに湧いてくる喪失感と涙をどうすることもできなかった。

ついでにいうと1月以来仕事が大変で、毎晩遅く休みも出勤するような状態で、心も体も参っていた。

もういっそ、仕事もやめて、猫とふたりで山小屋に籠ってしまおうかと真剣におもった。

426_mg_4493

3月。やっと仕事も少しおちついて寝られるようになり、猫との暮しにも慣れてきて、仕事が早い日には他の家族がいる新居でご飯をつくりに寄るのも楽しみになってきた。一人暮らしもいいもんだ、と思える余裕がやっとできてきた。なんたって人の散らかしたもの汚したものを掃除しなくてもいい。食べるものも納豆とチーズと豆腐とキムチで充分。お風呂だって洗面所だってトイレだって、全然汚れない。

家にもどるとインターネットも触る暇もなかったけれども、なんとか合間をぬってヴェネツィアの旅行記も書き終えた。http://4travel.jp/travelogue/11217821

81になる死に損なった母親がまた企画した演奏会の手伝いにもいってきた。久しぶりの早春の故郷は嬉しかった。のたりのたりした明るい玄界灘も枯草の間に芽吹き始めた田畑も。帰りたくなった。やっぱりしみじみ、わたしは都会の暮しには魅力を感じない。

523img_1804

上野はそれでも自然豊かで環境もいいといいながら、やっぱり山の見える、空の広い、できれば海も見えるところに住みたいと思う。

| | コメント (0)

いつのひか

yam映画をみた。

 
数年前、栂海新道にチャレンジした。白馬で小屋の人が山行中止を呼びかけるほどの嵐に見舞われて途中下山したけれど、ロングトレイルには一番の山友とともに、以前から惹かれていた。へとへとになるまで体力を使っていやというほど長い距離を歩くことに挑戦する醍醐味。
 
昨年市中ではあるが50kmをあるいた。土砂降りの雨の中12時間かかった。それ以前は42kmを9時間で歩いた秩父七峰が最長だった。最初に足が動かなくなりながらもこれをやり通したときに、すでに中毒は始まっていたのかもしれない。
山友は筋金入りだ。子供のころから50km歩いていたというから。
 
今年、大雪を端から端まで縦走した。そして長く歩くことの麻薬性に完全につかまってしまった。歩き終えたときのあの表現しがたい満足感と幸福感はたまらなかった。
 
そしてこの映画に導かれて知った。
アメリカにはたくさんの景観豊なロングトレイルがあり、それを支える文化も成熟している。そして三大トレイルといわれる、長い長いトレイルがある。
 
Pacific Crest Trail.4261km) 
Continental Devided Trail約4500km),
Aparatian Trail3510km)
である。
 
これらロングトレイルを、ワンシーズンで最初から最後まで歩きとおす人のことをスルーハイカーと呼ぶ。その期間は数か月から半年に及ぶ。そして圧巻であるこの3つとも歩きとおした人を、尊敬をこめてトリプルクラウンと呼ぶのだ。
 
未完成でもっとも長く過酷で上級者むけのCDT、一番短くて期間の制限が長いけれど、高低差が激しい上に樹林帯で雨や湿気の多いAT。PCTは高低差も少なく穏やかでシーニックであり、完成したトレイルである。
 
トリプルは無理としても、PCTには挑戦してみたい。シエラネバダの美しさやヨセミテ、北部オレゴンのカスケード山脈、どんなに素敵だろう。心が騒いでしかたない。
 
すごくない?

| | コメント (0)

前十字靭帯断裂 右足編

二度とけがはしたくない、と言っていたのに、やっぱりやってしまった。しかも初海外スキーを目の前にして、その足慣らしでいった妙高にて。なにをやっとるか、ってかんじ。自分でも笑ってしまった。笑い事じゃないんだけど。やはり何事も1度経験があると余裕はあるな。出産もそうだけど。
右足を切った前後はこのブログでも書いたので(「心と体」カテゴリで探してみてください。)、その後を中心に記録する。

右は受傷後、膝崩れも一度もおきない。診断は前十字の断裂に左側副側靭帯損傷、手技では後十字も伸びているようでおかしい、とのことだったので、左足の時よりはるかに重症のはずなのに。

受傷後1ヶ月ほど痛かったくらいで、スキーも普通に行い、山もいつも通り。ドンジョイも左右で違うので使えなかったこともあり、装具も全然使わず。ただし、ボーンのはいったしっかりしたサポーターはネットで見つけて注文。山やスキーの時にはつけるようにしていたが、それも1年使ったかどうか。ダイビングはこのころから年に1,2回となっていたし、膝よりもパニックのほうが問題だった。

山では駆け降りるまでになり、自転車ではヒルクライムレースにも出走、男性を抜いて走れるほどになる。主治医は、左も再建はしたといってもいつ半月板が切れるかもしれない危険は常にはらんでいるので、岩登りなど命のかかることはやってはならないとおっしゃったのだが、その後もクライミング、アイスクライミング、沢も普通につづけられ、なんの支障も痛みもない。それよりも、足首の靭帯損傷が根本的な原因となっているという腰痛が出始め、これがひどくなってしまって現在に至る。

ほんとに腰痛は厄介!最初のケアがいかに重要か、知ってはいたけれども思い知っている。
でも、師匠が紹介してくれた先生が、とても相性がよく信頼ができるので、2ヶ月ほど通っているが、かなり好転が実感できている。

結果として、前十字断裂は、再建手術をしなくても、一般のスポーツ愛好程度なら問題ないと思う。現在の状況は、とても靭帯がないとは思えないほど自然な動きができている。下山時などにたまに膝にくることもあるが、それは再建した左のほう。右は全くなんの痛みもでない。前十字は血流がなく、自己再生はしないのだが、どういうことだかさっぱりわからない。内視鏡でもいれてみてみたいものだ。
年齢があがると、逆にメスをいれることによるダメージの方が大きい。筋力もあっというまに失われるので、その回復にしても左の手術時よりうんとかかったことだろう。その間、不安と不満と痛みを抱えて山や自転車やスキーをすることを考えたら、手術をしない選択は大正解と言わざるを得ない。

今回、師匠の脊椎骨折でオペの痛みや大変さを思えば思うほど、いじることは大変なことだと実感。腰の先生も、もと薬剤師で東洋医学の心得もあるかただが、金属なんて入れないにこしたことはない、自然治癒がいちばんなのだ、とおっしゃる。まして、人口関節などは、いれてもいれなくても痛みに大した差はないらしい。どっちにしても痛いなら、手術の大変さがないほうがいいような気がする。人にもよるんだろうがわたしはそう思う。

| | コメント (0)

前十字靭帯断裂と手術 左足編

スキーで両膝の前十字靭帯を断裂した。左はたしか42歳の時、今から11年前。右は50歳直前の年末で今から2年半前。どちらもショックでしたねぇ。
その受傷からリハビリまでの一連の記事を、とあるプロバイダーでブログにしてあったのだが、プロバイダーのサービスがなくなったときに保存をしていなかったので、全部消えてしまった。残念なことだ。

この度、師匠が脊椎骨折をして外科手術を受け、ヒィヒィ痛がっているので、自分のオペ時のことを思い出した。そうだった、ああだったと。せっかくの経験だから、どなたかの役に立てば。そう思って立ち上げたブログだった。受傷当時、自分もよくわからないから記録を一生懸命探したが、あまりヒットしなかった記憶がある。簡単だけれど、覚えている限り記録に残そうと、掘り起こしてみた。

■受傷時

2003年3月春分の日の連休。志賀のゲレンデのなんでもないコブ斜で左板トップがひっかかり、そのまま転倒。つま先と体の向きが90℃ねじれ、ぐじゅっという鈍い音とともに激痛。しばらく座って様子をみると立てる。折れたのではなかった、よかった、と思い滑り始めた途端に膝関節のロックと激痛。これはおかしい、と思いその日は滑るのをやめる。夜中腫れあがり、置き所もない痛み。翌日は最高のパウダーだったので痛みをこらえながら片足で滑って帰宅。

■診断

翌日自宅近くの総合病院で外科を受診。医者は手技にて「靭帯切れてますね。血を抜きます」と即断、太い注射器をひざに打ち込む。オレンジ色の液体が抜かれる。自然治癒はないので、手術をしなければスポーツはできなくなるという。ここでは手術はできないし、急ぐものでもないので家でよく相談してから治療方針を決めろと言われる。この時点ではどんな怪我なのかさっぱりわからない。前十字靭帯ってなんだ。スポーツできないってどういうことだ。

■研究と治療方針

帰っていろいろ調べるとけっこうな怪我ではないか。すねの骨と大腿骨をつないでいる靭帯が切れたことで足が二つにぶらぶら分断されている状態。同時に、骨と骨がぶつかってかみ合い、ロックする。普通の生活ならできるが、やがてあたる部分の軟骨がすり減り、痛みが激しくなり、いずれ人工関節となる。
しかもスポーツができないなど考えられない。選択の余地なし。多少ご縁のあるドクターで近くの病院に膝の権威がいるという。そこで手術をすることにし、再度受診。再建手術を受けることで日程など決定。とりあえず保護のための装具を作成。ドンジョイ製。たしか7万ほど。もちろん保険でカバー。手術までは、家の外に出るときはこれを装着しろといわれる。運動は基本禁止。日常生活では、慎重に動けば問題なし。とはいえ、階段を降りるときなど、ロックの痛みもたびたび襲う。軽いジョギング程度はよい、といわれたが、装具をつけてできるものではない。が、3か月もたつ頃には痛みは忘れるほどで、ほぼ普通の生活ができていた。ゆえに本当に手術をしたほうがいいのか、若干の迷いも生じた。

■手術

その年の夏休みに2週間の入院。左足ハムストリングスから筋肉を一部切り取り、それを束ねて人工靭帯と併用して大腿骨と脛骨にボルトで留める。腰椎麻酔が恐ろしく痛く、2本も打たれてかなりショック。ドリルの響きを鈍く感じながら無事終わり、翌日からベッドに寝たまま、朝夕2回、足を曲げる機械で軽くリハビリ。とにかく腫れているし、つないだばかりの筋肉代用の靭帯が切れてはいけないので無理はできない。翌々日から車椅子。が、足を下におろすと血流が活発になるので、ガンガンジンジンする激痛。これがなによりつらかった。たった1週間で歩けなくなり、うつ伏せで足を曲げることすらできない情けなさに泣ける。リハビリ室でのトレーニングは術後1週間からだったと思う。荷重もすこしづつ増やして退院時もまだ半荷重くらいだった気がする。甲状腺の持病がある人は、オペに重大な影響があるので、必ず相談したほうがよい。生理日を調整するためのホルモン剤もとりあげられた。これは血栓ができやすくなるからだそうだ。

■リハビリ

入院中1週間、退院してからも1ヶ月病院に通う。自分でもスケボー、ゴム、エアロバイクと毎日励むが、なかなか筋力は回復しない。太ももまわりも右の3分の2くらいしかない。次のシーズンのスキーも泣きながら。ビンディングを踏んでつけることすらできない。スケートで筋力アップとおもったら、子どもを避けた瞬間に転んで左手首骨折のおまけ。その年の夏ボルトを抜く手術。これは楽勝だったが、麻酔の恐怖がトラウマになり、パニックを起こすのではないかと、それがなにより怖かった。あとは寝て食べて本を読んで、の楽しい1週間だった。ケロイド体質のわたしのために、先生は縫わないで傷を止めてくれた。4cmほどの切れ目からどうやってあんな手術をするのか不思議でならない。ボルトを抜くときは、内視鏡でひざの内部をみせてくれた。白っぽい代替靭帯がしっかりできていた。

術後は、脛の左側、ちょうどボンの窪といわれるツボがあるあたりの表面皮膚に麻痺が残った。さわってもほとんど感じないが、べつに支障もないので気にしない。

■費用

すべて傷害保険で賄う。支払ったあとで支給となるので、当面は自腹。たしか30万越えたと思う。最終的には完全にカバーできた。靭帯断裂は受傷から何か月かは治療開始の猶予が与えられる。3か月だったかな?それに伴い、支払の最終期限もあるので、そのあたりをよく考えて最大幅で受給できるよう計画するのがよいと思う。リハビリで通院する間も保障される。

■予後

術後、3週間、3か月、3年目が要注意といわれた。とくに3か月後が、代替靭帯が一度弱くなる時期なので、この時は慎重にすごさなければならない。2年くらいは違和感がひどかったし痛んだ。ごきごき音がしたり、重苦しい鈍痛があったり、とにかく痛かった。筋肉も遅々として戻らないので余計に負担がかかるようだった。リハビリはプールでの歩行、エアロバイクも含め、かなり頑張って行ったのだが、最初に言われたように、若い人ならあっという間の回復だろうが、年齢が上がると反比例で戻りが悪いのは事実だった。きになったのはスポーツだが、ダイビングのフィンキックは靭帯の切れた膝に一番悪い動きだといわれ、困った。重いタンクを背負うのも怖かった。手術までの間に潜ってはみたが、怖くて、それが原因でパニックがでるようになってしまった。200本を超えていて、ちょっとしたベテランのつもりでいたからこれはショックだった。

実際にはウェットスーツがサポータの役目をするので、水中では痛みも違和感もないが、やはりエントリーとエグジット時の陸が怖い。ボートではラダーを上るときが痛い。こけたら、ひねったら、と思うとヒヤヒヤだった。ドンジョイを装着して潜ったら、ともおもったが、そういうハンディキャップがあるとまず潜らせてもらえなさそうなので試してはいない。それをいうならパニックもそうなのだが。

パニックはその後、回を重ねるごとにひどくなり、激流のあるコモド旅行の前にとうとう心療内科を受診して、パニックを抑える薬を処方してもらった。これはあとから調べると、抗鬱剤として使われるもので、即効性はあるが依存性が高いもののようだ。でも、このお守りができたおかげで、一時はあきらめたほうがいいかと悩んだダイビングライフを、また楽しめるようになった。だけれど、ボルトを抜く手術の時に、腰椎麻酔が怖くてたまらなく、もしパニックが起きたらへたすると半身麻痺になってしまうのでは、と思い悩んだけれど、結果は無事に終わった。ドクターにお話ししたことでケアもしてくれたし、安心もしたのだと思う。

スキーも3シーズン目頃から痛みもなく、楽しめるようにはなったが、もう二度とけがをしたくないと思うと、まずスピードは全くだせなくなった。極度に抑えて滑るので、1本でへとへとになる。さらにコブ、深雪はやらないことにした。結果、男3人が非圧雪、コブを行くときは、わたしはちんたら別コースというメニューが定着してしまった。とはいえ、後日談ではあるが、右足の前十字を切ったあとはそのままにしてあるのに、なんと八甲田の重く深い山スキーまでできるようになった。あんまり気にすることないかも。

このあと山を始めることになった。実は靭帯を切る直前まで、マラソンデビューを画策してえらく鍛えていたのだった。ハーフのレースにも初めて申し込んでいて、あと2週間でレースというところだった。これ以後、他のスポーツをやりたいために、ランニングだけはやめることにした。モロに負担がくるからだ。その代わりに山登りを始めることにした。これがビンゴとなるのであった。さらには自転車を始め、ヒルクライムに挑戦するまでになった。

右足編につづく。

| | コメント (0)

その後

  Dsc_0163   Dsc_0166

倒れてから1ヶ月。11月頭の連休直前の金曜日、ずっと眠らされていた母が目を開けたという知らせが入った。嬉しくて父と電話で泣きながら喜び合って、すぐに帰る手配をした。

高くついてしまったけれど、思ったよりも席は空いていて、無事連休に帰ることができた。

口から導入していた人工呼吸器を、気管切開して装着し直したことにより、鎮静剤を投与しなくてすむので意識がはっきりと戻ったのだが、よくいう最後の花火であったとしたら、ここで会わないと絶対後悔すると思った。記事で、気管切開の場合、本人は苦しくないけれど返って緩慢に苦しみを引き伸ばす可能性がるとも読んで、直前は真っ暗になっていたのだけれど、思いがけず回復がよく、どん底から上向きになってきたと医者からの説明。

でもほっと一息ついたのも束の間、自分の置かれている状況を初めて認識したらしい母は、返ってがっくりショックを受けたようで、その後呼びかけても励ましても、投げやりな虚ろな目で、ぼんやりと目を閉じてしまって反応しなくなってしまった。

ここで、散々迷い、悩み考えた。本人にとって何が一番大切なことか。本人のエゴ、回りのエゴ、命を左右するもの、進みすぎた医療と医療のルール、リビングウィル・・・。

自分だったらどうだろう。たくさんの管をつながれ、身動き一つできず、意思も伝達できず、話すことも、飲むことも、食べることも、排泄も自分でできず、ただよこたわって肺を動かされているだけの状態。生きていると感じられることは少ないと思う。きっと誰だって。

でも心臓が止まるまで、生命体としては朽ちているわけではない。脳は死んでも心臓は止まらないという状態があるから、脳死が問題となるわけで、じゃあ、命って、生きていることって心臓の問題なのか、でも意思がってこそ生きていると言えるのではないか、だとしたら脳が機能しなくなった時点を死と呼ぶ考え方もあってもいいのではないか、と、もう随分長いこと考え続けている命題が、またここへきて大きく立ちはだかり、考えれば考えるほど、深みにはまり、果てしない堂々めぐりに滅多にない疲労を感じてしまって、心底ぐったりしてしまった。

そんななか、目を開けてくれた喜びの夜、前記事でも書いた唐津の秋祭り、唐津くんちの宵山だったので、20年ぶりで弟と一緒に見に行ってきた。

ひさしぶりの豪華な総漆の曳山が、狭い昔からの商店街の軒先をかすめ、歩道ギリギリに曳子が走り、笛や太鼓の切ないお囃子にエンヤーエンヤーの掛け声に守られて次々と通過するのを見たときには、懐かしい興奮が腹のそこからこみ上げてきた。宵山は闇に浮かぶ曳山が一番妖しく美しく輝く時であり、、祭りのスタートだけに気合も興奮も最高潮だと思う。くんちを希望をつなぎながら観られたことは、へとへとの実家帰りでも唯一気持ちが開放された瞬間だった。

  Dsc_0145   Dsc_0162




| | コメント (0)

白山比咩神社と白山

白山比咩神社(しろやまひめじんじゃ)に行ってきました。全国3000ある白山神社の総本宮であり、御祭神は菊理媛尊(キクリヒメノミコト、またはククリヒメノミコト)。イザナギとイザナミの諍いを仲裁したことから、結びの神とされるそう。大変に霊気が強いらしく、はやり風にいうと「パワースポット」とのことで、案の定といいますか、若い女性がちらほら見られました。
でも、地元の信仰厚く、厄除けや少し早めの七五三と思しき人々も詣でておられましたよ。

私は母と友人の病気平癒の気がかりがあったので、ご祈祷していただきました。こんなにも気合を入れて、敬虔な気持ちで参詣したことはありません。神々しいというか恐れ多いというか、思い込みのせいかもしれませんが、とてもありがたい参詣でした。

白山市157号沿いの本宮、そして奥宮は白山の山頂です。白山は、富士山、立山ともに三大霊峰であり、その格は別格。大和の民の心深くに根ざす神の山ですね。

実に堂々として懐深く、ずっしり落ち着くとてもとても良いお山です。古くからの修験道があるので、加賀禅定道(石川方面)、越前禅定道(福井方面)、美濃禅定道(岐阜方面)の三方向からルートがありますが、一般人ではとてもむり。なので、一番よく踏まれている別当出会いからのルートで登りました。

心なしか、この山で出会う人はみな、礼儀正しく、他の人気100名山とはちがってチャラチャラした人は皆無でした。別当出会いまではこの連休まで一般車規制中でしたので、市ノ瀬ビジターセンターというところに車をおくのだけれど、ここが700台。さらにずっと手前まで路駐であふれ、どうしようと思ったところ、通常入れない奥の方にある臨時駐車場に誘導されました。、それだけの人が入っている割に、静かでとても気持ち良い山のぼりでした。

奥宮のある山頂は2702m。前夜の雨はここでは雪だったようで、岩の間に白いザラメ雪が詰まっていました。穏やかに重なる谷や尾根には紅葉がかすかに彩を添えていて、秋の刺繍が始まっていました。

白山は多くの高山植物にその名を冠することで名高いのですが、お花の時期もさぞすばらしいことでしょう。そして真っ白に雪をかぶったお姿も是非見てみたいものです。
とにかく、白山はとても好きな山のひとつとなりました。また行きたいと思う山はそう多くありません。

山登りに必須の温泉ですが、白山周辺はヌルヌルのアルカリ温泉。絹肌の湯とよばれ、お肌がきれいになるそうです。中宮温泉には秘湯を守る会の温泉もありましたよ。東北や長野のインパクトある硫黄泉からすると、穏やかですね。

| | コメント (0)

ふりかえり

2012年の振り返りです。今年は結構いいかもしれない。

目標

  ・自分で判断する目は持ちながら「人には寛容に自分には厳しく」の心でいきたい
   どうかな~。そこそこでは。。。

  ・アイス     どこかホンチャン1本。ゲレンデもホンチャン1本、ゲレンデ数本
  ・       どこか1本。ちゃんと岩トレします今年もゼロ。
  ・        特に行きたいところはないけど、3本くらいは。
                                       3本達成。リベンジも
  ・縦走      南。聖と光で1本。悪沢と荒沢で1本。南は全滅
             北。立山と薬師で1本。           北は薬師達成
  ・         白馬、五竜(残雪)バースディ山行はどこにするかな~
                                    白馬達成。杓子、谷川も

  ・クライミング  ちょっとはまじめにやらないと。それには体軽くして
                                          少しがんばった                     
自転車

  ・レース    できれば初参戦。ツール・ド・おきなわがいいなと思っている
 
                                   ツール・ド八ヶ岳で達成
  ・ツーリング まずは昨年やり残した乗鞍ヒルクライム 乗鞍トライbut敗退
            能登も走ってみたい。それとシクロで林道ツーリング1本。
                                            能登達成
                                     
シクロは乗らなかった

バイク 

  ・とにかくたくさん乗って慣れる。慣れたらちょっと遠くまで
                                  乗ったけど遠くはまだ無理
  

ダイビング

  ・今年は沖縄にいこう。 気がつくと昨年は1回もいってない。びっくり。
                                            沖縄達成

【仕事】

  ・なれない部署なので、粛々とミスのないようにまぁ、そこそこ

その他

  ・仕事の様子にもよるけど、海外放浪の準備をしたい。ネパールの下見とか
  そのためにはちょっと節約して貯金しないと。昨年後半はお金使いすぎた
                          海外ゼロの年となった。貯金はやや回復

| | コメント (0)

より以前の記事一覧