日記・コラム・つぶやき

どうでもいいこと

年度変わりはいろいろと変化が大きい。

わたしの山行スタイルも仲間の転勤やら自分の目標やらで変わってきそうだ。

それに適応するから4月は疲れる。とりあえず会社はもうしばらく辞めないで働くつもり。

10年目に入る、変わらない通勤路を毎日通勤する。その途中ビルの一角ほんの1m×2mくらいのスペースのサンドイッチやさんがある。そのちいさいスペースで、毎日欠かさずおばさんが店番をしている。自分で作ってるのか、作られたものを売ってる人なのかしらないけど、毎日まったく変化ないことがすごいと思う。

ちいさなおばさんで、見た途端にインコを思いだす、インコにそっくりなおばさん。

ほんとにそっくりなんだよ。びっくりするくらい。いつかだれかに言いたいとおもってること。

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Happy Birthday

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そんなわけで、下の子の誕生日祝いを、珍しくジャスト当日に執り行った。場所は昨年予約がとれなかった近所の焼き肉屋。なんだかしらないけど有名店人気店らしく、3週間前でも9時しか予約がとれなかったらしい。そんで、待機してないと席が空いたそばから案内されるので、下手すると待たされるかも、とか。なんだそりゃ。

というだけあってたしかにうまかった。しかも安かった。

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彼も26歳になるのだが、20代も後半になるとなんかちょっと気分が違うなどといっていた。

前の記事にでてきた残された姉弟の弟が、じつは彼と1日違い。14日生まれ。そんな縁で幼稚園で仲良くなったのだった。3月生まれの男の子は、同学年のうちで一番ハンディが大きい。女の子はそもそも男の子よりしっかりしているから、少なくとも3月生まれの男の子よりは有利な気がする。

そんな自分たちの立ち位置が子供ながらにわかるようで、下の子は特質を生かしておちゃらけキャラで愛される術を会得したように思う。けれども14日生まれの彼は、とてもシャイで頑固でそのころから今でも同じく、自分をアピールすることが嫌いでへたくそで、とても不器用で、今の世の中では生きづらい人種。優しくて芯が強くてすごくいい人間性でも、今の社会は合理的で容量が良くて口達者でコミュニケーション能力がないと評価もされず場も与えられない。どうかと思う。

家族と誕生日を祝えないばかりか、その日にお父さんの葬儀となってしまった友達のために、下の子と一緒に彼の幸せも祈った。

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また巡り来た季節に

3月になって一気に明るくなったのはいいけれど、やはり今年も来ました。花粉の季節。

そしてうわさどおりやってくるのが遅くて量も多いのか、凝縮された攻撃になっている気がする。今年はひどい。

目鼻耳がかゆいだけじゃなく、目はすでに痛い。薬は飲まないからひたすら耐える。何が辛いって運動ができない。山も近づいては後悔し、走っても後悔し、プールにいってもヒリヒリする。

3月は例年、つらい。季節の変わり目であることと年度の変わり目であることから、変化が多すぎて落ち着かず、心がざわざわするから。下の息子をはじめ、大事な人の誕生日も多いのに、のんびり楽しむことができない。

そんなところへ、家族ぐるみで長年お付き合いしてきた大事な知り合いがまた一人逝ったという知らせがきてしまった。すい臓がんで余命3か月といわれて2年がんばった末逝った親友のご主人。友人が亡くなる頃から初期の膀胱ガンが発覚していたけれど、薬物治療で乗り切れるとのお話だった。

それが昨年11月、友人のお線香をあげにお邪魔した時、すでにモルヒネを使っているときいて暗澹たる気持ちになって心配はしていた。

けれどもあまりに早かった。なぜそんなに急いで。

娘も息子もまだ20代というのに、二人で喪主を務めるという。なんと痛ましいことか。たった二人残された姉弟。思うたびに泣かずにいられない。

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極寒の日々にまた一つ歳をとりました

ラニーニャ恐るべし。毎日氷点下の朝。大雪から10日たって、やっとほぼ乾いた路面が家から駅までつながるようになったのでひさびさに自転車通勤。ほぼ、というのはまだ一部全面氷の日陰があるから。そこだけは押して歩かねばならぬ。

そして明日から明後日、また降るとか降らないとか。実は先週、外の水道がはずれていて、一昼夜噴水状体になっていた模様。だいぶ水道代がかかってしまうかも。ひぃ。

とはいってもしあさっては節分。恵方巻たべなくちゃ。やのあさっては立春だよ。うわあ。

いつも思う。なんでこんなに1年で一番極寒の時期に生まれたのか。だからこんなに寒がりなのかしら。寒いと全面的に機能停止しちゃう。そんななか、方々のお友達からお祝いをいただいて子供気分でうれしがってる。みなさんありがとうございます。当日に設定した健康診断では、昨年より腹囲が5cm以上減って、昨年がんばった筋トレの成果が出ている模様。他の結果は1か月後。あしたは家族といけてるイタ飯屋さんでご飯会の予定。ケーキもたべなくちゃ~。日が近い親友との誕生会も昨年はとばしたので今年は催行予定。何食べにいこうかな。

しかし、おかあちゃん、大変だったろうなぁ。57年前のド田舎ですから。暖房設備も豆炭とかだったろうし、羽毛布団などあるはずもなく、夜泣きがひどかったというわたくしを、母は絞め殺したくなったんだそうです。実話。

そうなのよね。子育てしてたら誰だって1回はそう思う瞬間があるはず。

そんなわけで山も積極的に行かない日々なのでこのごろは走るようになった。回り中なんだかランナー化していて、なんとなく走ってみたら結構走れる。冬場のトレーニングとしてはまあ、手軽だし。

走るようになってわかったのが、音楽が欲しくなること。携帯ももってないといけないからそこから音楽を聴こうとするとコードが邪魔でしかたない。なるほど、だからブルートゥースイヤフォンが流行るわけね。そしていろんなものがあると重くて、がちゃがちゃポケットが動くのが煩わしい。鍵だけはしかたないけれども、そういうわけでみなさん、アップルウォッチとか欲しがるわけね。

さすがに今はそこまではいかないけど、とりあえずコードが邪魔なのは通勤でも感じていたので、初歩的なお安いイヤフォンを買ってみた。左右分離型は高いのでコードでつながっているタイプ。JVCの3000円。まあ、悪くないけどタッチノイズが意外と気になるなあ。

本はスティーブン・キングの代表作といわれているという「IT」を読み始めた。医者にいったら待ち時間が長くて、何も持ってないので隣の本屋で選ぶ間もなく買ったんだけど、まあ、読んでおくべきもののようなのでとりあえず。しかし饒舌だ。この時期アルコールと薬でハイだったということだけど。

映画はついにムスコ1,2とともにスターウォーズを3Dで見に行った。が。

うーん。。。評価が分かれるところらしいが、私はいまいちだったなあ。なんか子供っぽくなった。対話内容も登場人物の関係も単純で、プロットにも奥行きがなくなった。キャスティングもなんか偏ってるし、へたくそな若いのか往年の若者しか出てないし、バランス悪すぎる。役者でひきつける人がいなかった。キャラクターにしても、なんだかへんてこりんなものをたくさん出せばいいってわけじゃないだろ。チューイも人間ぽくなりすぎ。だいたい名前からして違和感満載のスノークはなんじゃありゃ。全編通してわくわく感がなかったなあ。

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旅。。。

旅のスタイルについて考えている。なんでかっていうと、シルクロードに行きたいとおもっているから。ハミウリを食べてみたい。中国から嫁いできた姫が冠のなかにカイコをかくしてきて、中国外では初めて絹が作られたホータンの乾いた街をみたい。タクラマカン砂漠をみたい。中国から西域への民俗の変化をみたい。

 

いわゆるバックパックというスタイル。ほぼ計画はもたず、その日の状況や体調・気分に合わせて、行く場所も日程も方法もその場で決定しながら旅をすること自体を目的とする。時間の制限はないことが多く、基本的に長期になり、そうなると費用も極力切り詰めることになるので、普通貧乏旅行となる。大切にするのは偶然や一期一会、人とのふれあい、出来事の経験。名所旧跡をたずねることに主眼は置かない。

それはそれで面白いし、冒険という意味でも価値があるとおもう。だれでもができることではないというところにもそれをする価値はあるのかもしれない。たしかに旅で一番心に残るのはその時に触れあった人、受けた親切、何気ない街かどだったりする。

一方、時間が限られている一般的な社会人の場合は、なるべく効率よく旅を充実させることが最優先になるから、一番手っ取り早いのが出て戻るまで全部きまったグループツアー。でもこれは楽だけど何も考えないからつまらないし、あまり旅をしたということにはならないと思う。自主性に欠けるからだ。時代が変わったから古い物事が最良とはいわないが、やはり自分の足で歩くのが旅の原始スタイルであることを思えば、揺られているだけで運ばれていくオシキセツアーは旅行ではあっても旅をしているとは言わないだろう。

次は足と宿の手配は自分でして自分だけのプランを立てて現地エージェントに任せる場合。いわゆる個人旅行。自分であるいたり運転したりはしないまでも、行きたいところは自分で決めるから自主性という点においては基本を外れない。これは理想的なのだがいかんせん費用がかさんでしまう。ガイドをつけたりするともっと。最もお金んのかかるスタイルだ。足と宿の手配までエージェントにしてもらえばこれは完璧。いわゆる大名旅行ですね。マージンごっそり入っている勘定ですから。ただし、いい点は、身柄財産の危険は回避できる。ぼったくりや騙しにもほぼ安心していられる。それとなにより、ガイドがいてくれれば現地の人からしかきけない様子が如実に詳しく知ることができるし、疑問があれば即時に対応される。旅をしてなにが辛いって、どうして?なに?をすぐ知ることができないもどかしさだ。この違いがおもしろくて、見たことのないもの、言ったことのない場所をあえて訪ねるわけだから。

ひとりで動いていると、つまりバックパッカー的スタイルだと、見たいものを自分で探すのにものすごく手間取ったり、結局さがせなかったりということが多々ある。字が読めない、言葉がわからない、流儀をしらない、という異邦人のハンディが邪魔するからだ。せっかくそこにいったのに、知っていればもっと感動できたのに、素性がわからないばかりに価値を感じきれなかったというのが、わたしにはとても残念にもったいなく思える。地元のガイドがいればこれは絶対的に回避できる。もちろん人の意見に流されろという意味ではなくて、最低限の知識があってこそ自分の価値判断力や感受性が発揮できるのだと思う。なにもないところから掬い上げる感性だけを大切にするやり方もあるけれども、まあ、これは自分の中でもケースバイケースだから、まして人それぞれ的要素が大きい。

こういう選択は行く場所にも大いに影響されるのであって、先進国ならなんの手配もいらず行くだけでそれなりに楽しめるが、そうでないところに行く場合は危険と不可能がどうしてもつきまとう。交通手段と宿泊が大問題で、さらにぼったくりや騙されたり盗まれたり、命の危険すら生じる。それも含めて旅のだいご味ということもできるけれど、ストレスや受ける被害と天秤にかけてみると、なんのためにそれをするのかがわからないのでは本末転倒な気がする。

「そんなことない、それがおもしろさ。たいしたことないって!愛嬌と度胸で勝負」という向きもある。これは図々しさが必須。実際記録文などを読むと、若い女性であっても無事に旅を成し遂げる人も多い。でもそれは単なる幸運。それに人の好意をあてにしたそれが前提のスタイルであって、それは私の好むところではない。

で、シルクロードを、わたしは西安からできればカシュガルまで行きたいと思っているのだが、これをどういうスタイルでいくか非常に悩み中。仕事やめるかどうかにもよるけど、やめたらお費用のかさむ旅はできなくなるし。中国語は嫌いだから勉強したい気になれない(これについてご意見は受け付けません)。

英語の通じない国での一人の旅が辛いのはウズベキスタンで経験済。どうしようかなぁ。

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つれづれ

このごろちょいちょい上野の家に泊まるようになった。ちょっと体調悪くて浦和まで戻るのがつらかったり、テレビ見て遅くなったり週末だったり。

一番はBOXセットで買った「ゲーム・オフ・スローンズ」をムスコ1と楽しむためなんだが。これ、シーズン1~6までのBOXで、完結といわれているシーズン8まで待てなかったのと、そこまで待ってしまうとどうせプレミアついたりして高くなりそうな気もしたから。なんたって切れ切れの動画でしかみてないから、美しいしブルーレイで途切れなく楽しめるのはオツであるが、あらためてみるとやはりだいぶとエログロなので、ムスコとはいえ他人とみるのも少々気づまりな部分もある。しかし何度見ても相関関係を理解するのが難しい物語だのう。

そんなわけで浦和はほんとにお風呂入って寝るだけ。お風呂も前ほど長風呂もしないのだが、ひさびさに先週末はゆっくりしたのでアマゾンプライムで映画などたのしんだ。アマゾンプライムにあるのは古いのとかもうみた、ってのばかりなので、たいがい途中まで見ておわり~ってかんじなんだが、今回はなかなかスマッシュヒットで最後まで目が離せなかった。

調べてみたらそれもそのはず。わりと好きな監督であるジュゼッペ・トルナトーレの作品である。なるほど~~。

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2013年ですな。もちろん音楽はモリコーネ。ですよね~。

キャスティングも、これまた好きな俳優さん。シルヴィア・フークスという女優だけ初めてだけど。ジム・スタージェスは、「アップサイドダウン」や「クラウドアトラス」で印象的だった。あの手の作りはどうも好みらしい。

ジェフリー・ラッシュは「英国王のスピーチ」で記憶に新しい。「シャイン」でアカデミーの男優賞を受賞しているみたいだけど、あまりに昔で全然覚えていない。そうだったのね~って感じ。年取ってからのほうがずっとずっといい味だと思う。パイレーツオブカリビアンなんかにもでてるみたいだけどそれも全然印象がない。

やはりイタリアやフランスものは映像的に美しいわねぇ。そしてストーリーがあって、映画は物語に限る、と思うのである。

本は一時山関連にもどっていたが、シグマシリーズ外伝の、タッカー&ケインフィーチャー「チューリングの遺産」がきたのでとりかかった。あんまり進んでない。並行して黒沢コータローの「珍夜特急シーズン2」が大詰め。とうとう南米最南端ウシュアイアまでたどりついて帰国の港ブエノスアイレスに向かうところ。バイクのメカにもだいぶ詳しくなれて、不幸を呼ぶ男との旅がなんとも痛くて面白い。

バイクといえば借りているヤマハSDRが不調でエンジンがかからなくなり、しょうがないので見てもらったら単にプラグのへたりだったもようで、取り替えたら一発。ひさびさに気持ちよく風をきって楽しんだ。もっと乗らないとなぁ。ほんと楽しい。大型もせっかく教習おわったのに免許だけでもとっとけばよかったなぁ。

乗らないと、といえば先週末はひさびさに自転車。キャニオンで森林公園までいこうとおもったが、どうにも腰がいたくて吉見のイチゴスムージーでお茶を濁してしまった。あまりに痛いので、これまたひさびさに霊視のできる整体師先生にみてもらったところ、たちどころに解消。すばらしい。

腰がいたいのも、運動不足で体重が増えたからなのよね。義父の他界前後の待機やら雨やらで全然うごけなかった10月11月。

春から秋にかけてだいぶストイックに体づくりをしたせいか、自然の摂理に従っているのか、ここへきてやたら食欲旺盛かつ、でんぷんLOVE !!うまいのよねぇ。あさからどら焼き食べたり、4枚切りトーストにバターとジャムたっぷりだったり。日曜はとあるパーティにて大変珍しいデザートをいただいた。お米をクリームで甘く似たプディングにカレー風味のソースがのっかっているものなんだけど、これが妙においしかった。

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またこの先、宴会ごちそうシーズンじゃございませんか。こまったわ。

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うむ~

困ったもんだ・・・あのじいさん・・・・

毎年年明けから2月頭まで業務がピークとなり、最後の一大イベントをこなした後は勝手にご褒美旅行にでることにしている。長くは休めないので、1都市じっくり滞在として、イスタンブール、ヴェネツィアと続けてきた。今年は夫がマイレージをつかってよいというのと(それには私がこつこつためているものも含まれているから当然といえば当然だが)、JALのアップグレードキャンペーンにかぶったので行く先を選定していて、一時候補にあがったのがエルサレム。

結果として、JALの直行便就航都市でないと面倒だったのでエルサレムは除外されたのだが、前記事でもお察しの通り、実は興味の方向はそちらに向かいつつある今日この頃。一人旅に出始めたきっかけのヨルダンでの経験からこっち、中東探訪はある意味でわたしの課題となっているわけで、なかでもエルサレムはぜひ訪ねなければならない街であるのに。

シリアもレバノンもいまはもう、一般の旅人はいけなくなってしまった。(行こうと思えば強行はできるだろうがやるやつはバカだろう)。

シリアのパルミラにいたってはISに破壊されてしまい、二度と見ることができなくなってしまった。ウマイヤドモスクだってもう在りし日の姿はない。

これがまさか、エルサレムの歴史的建造物や街並みが破壊されることはいくらなんでもないとはおもうのだが、とにかくこれ以上の厄災が文化財や人々にふりかからないようにしなくては困る。

それよりなにより、ISが世に出たときも思ったが、あのじいさんがそれなりにやっていけてるのは必要悪なのか、それが成り立っているこの世界というのが不思議でならない。

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人の生涯の終わりに触れて思うこと

長く弱っていた義父が安らかに天に召されたのでみおくった。

義父は戦後九州大学で初めて博士号を授与された工学博士2人のうちの1人で、全生涯を学問と研究に捧げた人だった。60歳を迎えるころか、求道の末たどり着いたのがキリスト教だった。よって最後の見送りも通い続けた教会で、長く導かれた牧師さんや信者のお仲間によるものだった。それは喪失の悲しみこそあれ、穏やかで心温まる、静かな葬送だった。義父とは遠く離れた生活でほとんど触れあう機会もないままだったけれども、その立派な生涯を思うとき、彼の人生の後半で、これと思える道を見出して全力を尽くすことができたことにはうらやましさと尊敬を禁じ得なかった。

天寿と人生を全うした人の葬儀はそもそも静かなものなのだろうが、その人の全力の軌跡を知るとき、後進の人間として学ぶことは多く、尊敬の念に打たれる。特に、思春期を戦後に迎え、精神的にも肉体的にも過酷な時代を生きてきた人たちのそれは、平和な時代のやわな私たちには到底真似できない、厳しいものだからなおのことだ。3親等内の葬送は初めてだった息子たちにとっても衝撃は大きかったようだ。キリスト教といえど欧米と違い土葬の許されないわが国では当然火葬であって、彼らは灰となった人を初めてみたので、しばらくは無口に押し黙って、自分の中で整理をしているようであった。

思うところは数々あったのだが、特に思われたのがやはり宗教と生き方についてであった。

わたしは大学がプロテスタントのミッションで、きちんとした知識を得たのはその時点からだったが、母が音楽を専門としていたので、特にバッハの音楽から、その世界の存在は認識していた。家の音楽室にあるレコード全集の解説書により、音楽から入るキリスト教にはかなり早くから触れていて、実のところ憧れてさえいたのであった。ピアノの師に、賛美歌をとくに指導してもらっていたころからもキリスト教由来の音楽には非常にひかれていて、大学を選んだのもクワイアに入りたいからであった。

大学の聖書学という講義は哲学とともに一番好きな講義であったが、考えれば考えるほど素直に信じる気持ちになることはできず、入信はできないと結論を下した。子供が生まれて、たまたま自分の価値観と好みと近所の評判とで選んだ幼稚園がミッションだった。とても暖かく優しく、思いやりにあふれた保育をしてくれて、私も子供たちも大変愛した幼稚園だった。

そこで子供たちは基礎的なキリスト教の精神や物語に、日々の保育や行事を通して触れることができた。クリスマスも表面的なきらびやかなものではなく、先生方と保護者による手作りの衣装や贈り物や音楽で祝われるものであった。それは素朴で愛に満ちていて、今思い出しても涙がでるほどなつかしい、善良なものだった。

そんな淡い関わり合いをずっと続けてきたキリスト教なのだが、この度の葬送において改めて向き合う気持ちが少し芽生えたことは否定できない。なにごとがこの穏やかな強さを生むのか、知りたいと思う気持ちがしきりであった。

あなたがいてくれるから私は私以上に強くなれる。前々記事でも書いたこのフレーズが、義父が愛したルター作詞の賛美歌「神はわがやぐら」とともに、頭の中にいつまでも鳴るのだった。

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その後

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2月26日、長年住み慣れた浦和の自宅から引っ越し荷物をだした。
ここに来るときにもそうした、玄関のフェンスを外す作業をせねばならず、そこには20年弱の間に大木に育った野薔薇が、アーチから屋根からに絡んでいて、これを切り倒したのだった。

そしてこんなことになるとは思いもせず、昨年6月にチケットをとり宿をとって計画していたヴェネツィアへの旅を4泊6日で終え、帰ったその日から眠る暇もなく引っ越しだった。

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毎晩、明け方4時まで荷造りをしてもしても片付かず、幸い今の家をすぐ空ける必要はないので、業者に頼まなければ運べない家具、家電、重い本や大きな布団など、2トン車2台に積み、サンショウウオの穴のように、一度入れたら簡単には出せない狭い都内の新居に無事搬入。
なにしろ狭い敷地の3階建てで、階段は細く曲がりくねって、家具は1階以外すべて吊り上げとなった。幸い、良い業者に巡り合って、一生懸命やってもらった。それでもまだ、3分の1以上ともおもえる荷物や廃棄物が、浦和の家には山のように残った。

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浦和の家をどうするか、というと、行く行くは売るか貸すかというところなのだが、当面はわたしが一人で住んでいる。いや、正確には猫と二人暮らし。わたしがいる理由がこの16歳になる年寄猫の為と、3月いっぱいは努めなければならない地域の自治会の班長役務のため。猫はかなり衰えているので環境を変えるのが過酷なのと、もうひとつは新居には家主があまり入れたがっていないからだ。たしかにロシアンブルーのダブルコートから排出される抜け毛は半端でない。

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その浦和の家で待っている猫のもとに、引っ越し当日の夜遅く一人で戻った。

戻って泣いた。予想もしていなかった衝撃に打ちのめされたからだ。正確には17年間、下の子が小学校に入るのを機に引っ越して住んだ浦和の家。こだわって建てた特殊なつくりで、荷物を出すときまでは何ら変化はないつもりだった浦和の家。戻ってみたその家はぽっかり暗い穴のようにがらんとして、ついさっきまであったこれまでの活き活きした慣れた生活が、目の前から突然消えてしまった事実が、今さらながらいきなり襲ってきて、わたしは茫然とした。

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17年間のいろいろな思い出があれやこれやと浮んでくる。

小さかった子供たち。にいちゃんが弟を肩車してふざけていた部屋。勉強をみてやった机。ロフトの階段から下の子が落ちた時、ちょうど来ていた留学生が助けてくれたこと。
それからしばらくの間、仕事をしていても電車にのっていても、ふいに湧いてくる喪失感と涙をどうすることもできなかった。

ついでにいうと1月以来仕事が大変で、毎晩遅く休みも出勤するような状態で、心も体も参っていた。

もういっそ、仕事もやめて、猫とふたりで山小屋に籠ってしまおうかと真剣におもった。

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3月。やっと仕事も少しおちついて寝られるようになり、猫との暮しにも慣れてきて、仕事が早い日には他の家族がいる新居でご飯をつくりに寄るのも楽しみになってきた。一人暮らしもいいもんだ、と思える余裕がやっとできてきた。なんたって人の散らかしたもの汚したものを掃除しなくてもいい。食べるものも納豆とチーズと豆腐とキムチで充分。お風呂だって洗面所だってトイレだって、全然汚れない。

家にもどるとインターネットも触る暇もなかったけれども、なんとか合間をぬってヴェネツィアの旅行記も書き終えた。http://4travel.jp/travelogue/11217821

81になる死に損なった母親がまた企画した演奏会の手伝いにもいってきた。久しぶりの早春の故郷は嬉しかった。のたりのたりした明るい玄界灘も枯草の間に芽吹き始めた田畑も。帰りたくなった。やっぱりしみじみ、わたしは都会の暮しには魅力を感じない。

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上野はそれでも自然豊かで環境もいいといいながら、やっぱり山の見える、空の広い、できれば海も見えるところに住みたいと思う。

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失笑

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映画化もされた「トレインスポッティング(Trainspotting)」で知られるスコットランド(Scotland)の小説家、アービン・ウェルシュ(Irvine Welsh)氏も、ディラン氏の選出を酷評。「私はディランのファンだが、これは、もうろくしてわめくヒッピーらの悪臭を放つ前立腺がひねり出した検討不足で懐古趣味な賞だ」とツイッター(Twitter)に投稿した。

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これには快哉をさけびましたな。賞が欲しくてやっかんでいる作家諸氏もいることはおいといても。

そもそもなんであるの、文学賞なんて。

音楽賞はないのにさ。おかしくね?

人々に夢と希望を与える偉大なる音楽家は大勢いるでしょ。

だいだい恋敵が数学者だったから数学賞がないとかさ。くだらない。

あんまり意味を感じない。過去受賞された諸偉人には失礼だが。

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