ダイビング

今年の家族ダイブはバリ・ヌサペニダ

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昨年は沖縄で、ダイビング自体はいまひとつだった家族ダイブ。

今年も次男の休みがなかなか決定しなくて行く先がかぎられたが、なんとか6月末ごろ予定が確定した。行く先は8年前のコモドの時にいきそびれたヌサペニダ。というか、当時はレンボンガンしか宿泊するところがなかったのだが。

エアもジャカルタ回りしかとれず、ジャカルターバリはエアアジア利用。夫はひさしぶりのエコノミーとかぬかすのがむかつく。とりあえずエアは確保したので次はサービス。これを探せという。このところショップ探しはわたしに投げてくる。

前回同様レンボンガン滞在を考えているので、バリ本島のサヌールおよびレンボンガン両方にサービスのあるショップがいいという。なぜならレンボンガンはサヌールから船で1時間だからその間の移動も込みになるという魂胆なのだ。

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で、探したところ、接触した日本人が経営しているショップはいろいろ親切に情報をくれてそこに決めるかというところ、料金が高いと却下。結局コモドの時にお世話になったカリスマダイブの内藤さんに連絡をとるという。そんなら最初からそうしろよ・・・。親切な日本人さんにお断りするのも心苦しいのに・・。

てことですっかりお任せしたところ、最近はレンボンガン向いのおおきなヌサペニダが開発されてホテルもできてきたというのでヌサペニダ滞在となった。これがあたり。まだ開発始まって2年たつかどうかというところで素朴だし、すれてないし、必要最低限のレストラン、サービス、ホテルはあるし、3泊の滞在はまったく退屈もせず不自由もしなかった。ちなみにATMもあり、現地通貨の調達もできる。サヌールから高速艇で1時間。大変便利で治安もよく、ご飯もおいしかった。

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そして海。サンゴの元気できれいなこと。そしてひさびさのサンゴ礁キレイどころオールスターってかんじ。魚影もこく、大物はカメとマンタ、まあ、あたればマンボウなのだが、3本いってとうとう当たらず。残念。

初日2本目はスーパードリフト。ひさびさにうかうかしていられないほどのカレントだったが、そのせいもあってわたしはひどいパニックが出てしまい、とうとう内藤さんにむり!と上がる意思。なんとか落ち着かせてもらっていけるかとおもったら、今度は男3人のほうへ急いで泳いでいく。どうしたのかと思いきや、なんと夫がエア切れしていたらしい。いや、潜る前からファーストステージの漏れが気にはなっていたが、この程度ならというので入ったところ、途中からばかばか漏れはじめ、あっというまに残ゼロになったらしい。長男にオクトをもらって、なんとか事なきを得て、全員で浮上。せっかくのスーパードリフトだったけどさんざんな1本だった。

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ちなみに潮が早く、ボートもビーチエントリーで潮に左右されるので、基本1日2本というスタイルだ。ポイントは沿岸すぐのところばかりだが、ほんとにどこもカレントがきつめ。透明度は乾季の今は18~20というところか。そして水温は噂通り低い。わたしは6ハンの半そでで通したが、水温は25度切る。5ミリでもフードなり厚手のラッシュを着込んだほうがいい。

狙ったマンボウは3本いって当たらなくて残念だったがまたいきましょう。陸上の観光はなかなか面白くて、まだ開発が始まったばかりの島だけに擦れていなくて人も少なく、素朴そのもの。天使の水たまりという、断崖にできた潮だまり、ブロークンビーチという、おおきな岩のアーチの奇観、マングローブツアーなどなかなか楽しめた。

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初めてみたシーウィードなんとかという食べ物。この島はテングサが特産で、どうやらそれをスイーツにアレンジした模様。ひさびさにどうしてものみたかったアボカドジュースは、初めて飲んだところのほうがおいしかった。のか、初めての記憶が美化されているだけなのか。最終日めちゃくちゃおなかをこわして大変だった。

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2016の家族ダイビング旅行は粟国島

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今年も9月のシルバーウィークに予定していたダイビング旅行。昨年次男が欠席だったのでぜひと思ったところ、どうしても休みが取れないという。客商売だからなあ。。。

結局お盆のところで5日許されるというのが分かったのが7月半ば。
慌てていく先を考えても、すでに特典が使える海外は皆無。どうすっか~といっていたところ、オットが沖縄の粟国島なら行ってみたいというので、大急ぎで宿とショップを探した。
粟国島は沖縄本島の北西に浮かぶ1周12キロの小島。1日1往復しかないフェリーで2時間半。以前は小さいプロペラ機が飛んでいたんだけれど、なにか事故があって以来飛ばなくなっている。代わりにヘリが飛ぶ。といってもオンデマンド。予約できるようになったのもついこの1ヶ月かそこらで、予約したからといって飛ぶとは限らないというべりまっち不安な交通手段らしい。
 
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どこまでもだれもいない道と 右は南国の日差しに揺れるさとうきび畑
 
宿のほうも、実質やってる民宿が3軒とプチホテルというのが1件。新しいそれが一番人気で無理だろうと、民宿から当たり始めたところ、1件目「いっぱいです」2件目「お盆の間はいそがいしから宿はやらないよ」3件目「ひとりでやってるし、お盆だから無理」てなわけであちゃー。三軒目には「お盆なのにあんたたちは遊んでていいの?」とお説教食らう始末。
 
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左、宿前の夕焼け    右はお世話になったプチホテルいさ
 
宿がとれなければどうしようもない。ダメ元でプチホテルに電話したら、意外にもあっさりOK.。無事確保したところでショップに予約。3軒あるショップのうち、島生え抜きの息子ととうちゃんがやってるというところが硬派そうだったのでここに決定。
 
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その日がやってまいりました。なんとかとれた飛行機も、2×2に分かれて、那覇で集合。翌日待望のヘリが無事飛ぶので那覇空港にもどる。
これが初めての体験だからわっくわくでして。
まずヘリなんてどこからどうやって乗るの?
⇒那覇空港端っこのカウンターにて手続き、説明を受けて、ワゴンで運ばれる。その前にセキュリティチェック。もちろん一人ずつ探知機で探られる程度ですね。
で、滑走路を横切るようにして海側まで行き、際の道をぐるりと遠回りしたはての果てにヘリ格納庫があり、我らの搭乗機たすでに待機している。これだーーー!かっちょええ~~!
 
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大興奮でワゴンを降り、すぐに搭乗。最大積載人数はパイロットも入れてマックス6名。我ら家族が4名で貸きりとなる。一航路2万円なりで、今回は一人5000円。お安いでしょ。こんな値段では普通のれないんです。なぜなら多大なる補助金がでているようなのです。
そういう有難い事情もあり、超お買い得な空の旅30分がいよいよ始まる。
パイロットさんはしぶいおじ様でこれがカッコいいったらありゃしない。乗り込むとローターがゆっくりと回転し始め、パイロットさんが細かくテキパキとスイッチを入れたり指刺し確認をしたりするのを食い入るように見つめる。
 
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やがて、OK離陸しますの合図とともに、ローターの音が一段と激しくなったと思ったら、ふわっっっと、感触では30㎝ほど浮いた感じで静止。かっこいい----!!!
感激ーーーーー!
そこからしずしずと向きを変えて緩やかに静かに上昇。まったくブレも揺れもしない。すばらしい。あっというまに海の上。高度は300mほどらしい。眼下に広がるサンゴ礁のグラデーションがすばらしい。いつも船で行く島を上からみるとこんなにも綺麗だったのかと驚くほど。
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あれが前島、渡嘉敷、ケラマはあそこであの間の瀬であんたたち流されたのよ、とか言いながらあれよあれよという間に粟国島。またふわりと全く衝撃なく着陸。すばらしい~~。
絶対後ろのロータには近づかないようにという注意を守ってそそそっと離れる。
パイロットさん、ありがとう。ばいばい~~。
 
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粟国空港は立派な空港ビルもあった(ある?)ようだが、到着したところはプレハブの建物で、そのままつるっと外に出るとショップのガイドさんが迎えに来てくれていた。
この後はダイビングもシーズンを外れていたのでなんということもなく、日に2本潜ってはオリンピックみて昼寝して、の繰り返し。プチホテルは朝晩ご飯つきなんだけど、この島は食材をほとんどすべてフェリー輸送に頼っているらしく、正直量的に物足りない。宿泊費も6500円なのでお安いから文句はないんですけど、なんだか年中食に飢えてるかんじだった。お店もJAともう一軒あるだけで、乾いたものはけっこうあるんだけど、生ものやジューシーなもの、御惣菜などもほとんどなく、果物も異常に高い。
 
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左、小学校     右はあちこち見かけた子供作らしい標語。いいこといってるよ。
 
島のまわりにはいくらでも魚がいて、漁港も立派なものがあるのに、どうも島の人は漁業はしないらしい。自分の家で食べるのを釣る程度。漁業としてやっても、那覇まで運ぶ輸送費や時間で商売にならないらしい。平な土地が広がっているのに、農業もたいしてやらないようだし、サトウキビも作っても草が生えて大変だからと、あまり熱心でない様子。
お店も宿も気分や都合で営業したり閉めたりするようだし。
どうやって暮らしているんだろうか・・・。
フェリーが止まれば観光客も来られないわけで、宿もダイビングも上がったりのはずなのに。
 
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海水を竹の先から垂らす間に濃縮する  右は釜焚きで仕上がった粟国の塩
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左「テラ」の立派な入り口。右が内部。ライトや歩道など整備もしっかりして見応えあり。
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  右は筆ン崎。ここから夕陽の眺めが素晴らしいらしい。那覇の夜景もみえるとか。
 
最後の日はフェリーの時間まで半日、電気自動車のレンタカーを観光所で借りて、なるべく時間をかけて島内1周した。数か所ある見どころはどこも無料でみられるのだが、誰ひとりいない。製塩工場、洞寺(テラ)いう鍾乳洞、筆ん崎という断崖の岬、くらいですが。
 
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最後にとてものんびりいい島なんだけど、この島はシーズンでもシーズンでなくても2泊もすれば十分かなーというのが印象でした。
最後の日はフェリーにのって那覇へ。飛行機がとれなくてしかたなく翌日1日過ごす。どこといって行きたいところもないので、首里城と県立博物館で楽しんだ。
お昼に国際通りで食べたバーガーは食べログ4以上という評価で、噂にたがわずうまかったす。
 
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15年以上潜りに通って初めていった首里城、守礼の門。右は美しい民家の沖縄瓦。
 
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絶品の安里駅前屋台の沖縄そばと国際通りのマンゴーパフェ!
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左うわさのバーガー。右はダイビング最終日、ガイドさん宅でごちそうになった獲れたてのイセエビ。ほかにも夜光貝とか??貝とかブダイの刺身とか・・・うまかった。

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2015  ラパス

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昨年のフィリピン・オスロブは、ダイビングも場所もいまひとつぱっとしなかったのもあり、今年の家族イベントは期待大であった。なにしろ初めての大陸、初めてのメキシコ。

最初はカンクン狙いだったが、9月はハリケーンの危険が大きすぎるので太平洋側のラパスをチョイス。ただ一つ残念だったのは、直前で次男がテストにぶち当たることなり、キャンセルになったことだ。一番水がすきで水のなかでは活き活きする次男だし、動物も大好きだからアシカはよろこぶはずなのだが、将来に関わることなのでいたしかたない。長男もいつもひっついいている相棒がいなくて意気が上がらない様子だし、その分わたしが相手してやろうなどと思いながらの旅であった。

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朝7時ごろXVに荷物を積み込んで出発。ひさびさのVIPエントリーからのらチェックインだ。自力では得られない快感である。おかげさまです。ラウンジでがっつり朝ごはんをいただき、成田11時15分のANAにてヒューストンへ。

初めての太平洋越えである。飛行時間は11時間半ほど。デイタイムから夜なので特に眠くもなく、5本映画をみる。「ヴェルサイユの宮廷庭師」「Far from the Madding crowd」「トゥモローランド」「インサイド・ヘッド」「アデライン100年目の恋」。

よかったのはヴェルサイユ、とインサイド・ヘッド。ワインはスペインの白がとてもおいしかった。

映画に没頭してふと気づくとすでにテキサス上空。これはみねば、と思って窓をあけると広大な大地にきっちりと企画正しい農場がどこまでも続く。面白いのは完全円のフィールドであった。麦だかなんだかの畑なのだろうか。半円だけ刈り取られたものとか大小さまざま。

そのうちヒューストン上空にいたると湖沼と緑が増え、これまた規則正しい住宅はどれもブルーの水をたたえたプールつき。お金持ちの町らしい。

ようやく着陸してイミグレ。長蛇の列で1時間以上待たされ、やっと通過。X線ではカメラの入ったバッグを乱暴に放り投げられてむっとする。乗り換えに従ってUAのチェックインをし、UAのラウンジにいってみたが大したものはない。

30分ほど休んでゲートにいき、メキシコシティへ向かう。飛行時間2時間半ほど、小さい飛行機でサービスは飲み物のみ。到着したメキシコシティではイミグレは意外にもあっさり通過。メキシコ人は思ったよりてきぱきと仕事していた。荷物は全部開けさせられて税関も通過。

荷物をもったまますぐにティオティワカン観光に出ようという事になる。流しのタクシーは危ないので空港にブースをだしているオーソライズドのものをアレンジしたのだが、ここですでに問題勃発。乗った途端に、ボスから電話といわれた旦那が応対すると、ウェイティング料金を別払いで支払えといっているらしい。我々は4時間チャーターの契約のはずだからおかしいと議論するも、埒があかないようで、とにかく空港のカウンターで契約したのだからそこにもどらないとなにも答えない、といってとりあえず終了。

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ティオティワカンに45分ほどで到着し、5時半の閉場時間まで駆け足でみる。まずケツァルコアトルの神殿にのぼる。ガイドも頼まないのでとにかく歩くのみであるが、想像したよりも漠としていて、しかもほとんどが修復後の遺構のみ。装飾はケツァルコアトル神殿に少し残るだけで、それも近くまでは寄れない。シートの上に土産物をひろげた現地人が、ケーナ風の笛をふいたり、しゃ~~~いうジャガーの声のでる道具をならしていて、それが荒涼とした遺跡と雲の多いメキシコ高地の空に消えていくのだった。

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死者の道をたどり、うじゃうじゃと人が登っている太陽のピラミッドを右手にみて、突き当たる月のピラミッドに到着、登れる第2階層まで登る。段差は大きく、しかも90度ちかい階段は恐ろしくて、3点確保で登る。ペルセポリスやペトラとちがい、当時を彷彿とさせるほどの力がない遺跡で、どちらかといえば日本でいう石垣だけ残った城址のようなかんじ。都市に近いというのもあるかもしれないが、正直にいうと期待を下回るものであった。が、訪れたという成果はあがった。閉場時間ぎりぎりで最後は怪しい黒雲に追われ、すんでのところで夕立を逃れてタクシーに乗り込む。

 

空港にもどってブースで交渉、結局ブースの係員の説明不足ということになり追加料金支払い。嫌な思いをする。気を取り直して、21時の便までに晩御飯を食べるため、バルに入る。とりあえずタコスでしょう、ということで、タコスとナチョスを1皿ずつ、コロナビールで乾杯。しかし量が半端ない。3人で必死で食べてもたべきれない。おいしかったけど。となりのおじさんはそれを一人で3皿たいらげていた。メキシコはおデブばっかり。ティオティワカンでも思ったが、老いも若きも男も女も大人も子供もみんなすさまじいおデブなのである。

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薄いコロナでも旅の疲れかやたら酔う。9時ごろゲートが開いたので乗り込んでラパスへ向う。これまた小さい飛行機で、隣のおばちゃんが「ラパスは日本人いっぱいいるよ」と話しかけてきた。日本人しかいないんだろうな、いきなり日本人認定で、チノかと言われないのは珍しい。

深夜であるが、予約したホテルの送迎まではかんがえてなかったとのたまう夫に、成田でメールはうってもらったがやはり応答は無し。また嫌な思いをするタクシーかなあといっていたら、FUN BAJAのカードをもったおじさんがいたので、一応明日からお世話になりますと挨拶したところ、ホテルまで乗せるというのでありがたく乗せていただく。セブンクラウンに到着してチェックイン、部屋は3ベッドの立派な広い部屋で、なかなかスタイリッシュであった。すぐ設計ミスのシャワーをあびて就寝。

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翌朝8時ピックアップのため、7時から朝食。コンチネンタルでフルーツがおしゃれに盛られたファウンテングラスつき。

初めてみるメキシコ、ラパスの空はとりあえずどんより曇っている。あらら、メキシコって青すぎる空ときつすぎる日差しではないのか?とおもったらまだ夜明けだからであって、そこからは期待通りの空と日差しになった。絵にかいたような例の柱状のサボテンも赤い荒地に乱立しているのをみて、ほんとに生えてるんだ、と妙に感心する。

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混載の車は途中沢山の日本人をひろってFUN BAJAに到着。飛行機のおばちゃんがいったとおりだ。前夜空港ピックアップ時一緒になった日本人3人ともまた会って、本日は一緒にキャンプだそうだ。

何泊ですか、ときかれたから4泊と答えたら「え」といわれた。いろんな記事をみても、何もなくて暑いだけで、1泊以上は無理という人がほとんどなのに、すごいですね、と。こんどはこっちが「え」と応える。そんな情報は一切しらない。失敗したかしらと一瞬不安がよぎる。

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FUN BAJAの施設にはいっていくと、しろっぽいワンコがはしゃいでいるのが目に飛び込む。これはもしや!事前に調べようとしてみつけた,元FUN BAJAガイドで福岡出身ののなほさんの愛犬、ハルちゃんでは!お客さんに対応している女性も、多分なほさんでは!

タイミングをみて話しかけると「あらー、マウンテニアさんですね!」とすぐにわかってくださり、しばしご挨拶を交わす。画像でみたハルちゃんとおなじ、元気な女の子で愛想よくいっぱいぺろぺろしてくれた。

貴重品や要らないものをスーツケースにいれて預け、滞在用品とダイビング機材を船に積み込む。船はおおきなイザベル号。同乗はわれわれ3人と空港で一緒だった3人、他にも10人くらいいたかしら。

まず向かうのはもちろんアシカのコロニーのあるロス・イスロテスである。港から1時間弱。おしゃべりしながらあっという間に到着。支度をしてブリーフィングを聴く。ガイドはカルロス。なほさんの相方である。情報と本物が一致する。

薬ものんで準備万端。初のアシカダイブであるが、人数が多いので、我々のチームはカルロスと共にまず、握りこぶし大のジョーフィッシュを見に行く。たしかにおおきかったがハゼには興味のないわたし。とりあえず1年ぶりのリハビリダイブであるが全く問題ない。機材の具合も同様。

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初ラパスの海は、いつも行く海とは様相が全く違い、栄養豊富なコルテス海で育ったおいしそうな魚ばかりだ。うるさいほどのオヤビッチャやチョウチョウオ、クマノミやグルクンなどサンゴ礁の常連はいない。

かろうじて、ブダイはいたが巨大さにびっくり。ニザダイもいたが、これまた巨大で、みたことのない斑点模様。コルテス海とガラパゴス周辺の固有種だとか。

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2本目、肝心のアシカは、驚きのすばらしさ。お父さんは大きくてびっくりなほど迫力あるし、子どもたちの動きの素早さしなやかさ、かわいさには感激。見ているだけですばらしい。野生の哺乳類の生の生態をこれほどまじかに観察できることはそうそうない。

もう一つ、特筆すべきはイワシやアジの群れの美しさであった。たかがイワシ、されどイワシ。その圧倒的な数とだれがとるのか統率のとれた動き。まるで川のように、前が見えないほどに途切れなく流れていくさまは圧巻であった。キラキラと光る小さな体についた目、目、目。水深4~5mほどの水底から透ける空をバックに、このあふれる生命の躍動をみているとあまりに美しく感動的で、この上ない幸せに満たされた。ただ、その光景をみつづけていれば何もいらないほど幸せだった。これだからやめられない。

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40分のダイブタイムはあっという間。流れがあったせいか人数が多かったせいか、遊びにきてはくれなかったが、この後毎日潜れるんだから、とりあえず大満足でキャンプの島に向かう。

ここはエスプリットサントス島といい、到着後知ったところ世界遺産となっているそうだ。ここで荷物をおろし、テントを割り振られ、トイレとシャワーの使い方のレクチャーを受けてランチとなる。フリードリンクだが、まだあと2本あるのでビールはおあずけ。トルティーリャに辛いソースをかけておいしくメキシカンをいただく。

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3本目はマクロとガーデンイール。海底から1mほどでてる、ホント、ホント!とカルロスが力をいれる。そんなアホな、と思ったが、見た人によるとその通りだったそうだ。

終わってまた島にもどり、晩御飯のあとモブラ・ナイトにでる。島の大きな湾内、エンセナダ・グランデというポイントでライトをつけて待っていると、通称モブラ、ヒメイトマキエイの群れがやってくるという。マンタを10分の1にしたようなモブラは、最初1枚しかこなくて、こんなもんかーとおもっていたら突然50枚以上が押し寄せて乱舞するのは圧巻であった。30分~40分で上がって戻り、シャワーをあびてからログづけおよび宴会に突入。あっというまにテキーラ2本あくのであった。テキーラは、手の甲にライムをしぼって塩を置いたものをまず口に含み、ショットグラスのテキーラを一気に干したあと、口のなかでミックスしてからぐっと飲むのが流儀だそうだ。

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2日目はアシカのロス・イスロテスと並ぶ名物、エル・バホへ。ここはハンマー狙いである。故に中層をひたすら泳ぐブルーウォーターダイビングというスタイルになる。水温の高い夏は、ハンマーは冷たい深いところにいるので、深度も30m前後という、深めの1本となるのである。これまで数回経験があるが、緊張しながらもだめではなかった。

 過去にも書いたが、私は閉所恐怖症の気が強いので、閉塞感に襲われたら最後、パニックがでてしまうのだ。これは左足の靭帯を切ったあと、200本も潜ったころにで始めた症状で、一時はもうダイビングはあきらめようとまで思ったが、3年ほど苦悶したあと精神内科でパニックを押さえる薬を処方してもらってからは、すっかり克服できたはずだった。

 今回も初日の3本は全く問題もなく、パニックがでるとすら感じずにすごし、この日もエントリーして10分くらいは普通に泳いでいたのだった。それが突然、ガイドのチャベロの姿が濁った水の向こうにぼんやりし始めたころから、急に回りの青一色の何もない世界が迫ってきて、上も下も、体のまわりはおそろしいほどの青一色。急に呼吸がはやくなりドキドキし始めたらもう止められない。吸っても吸っても息が吸えなくなり、心臓は口から出そうなくらい激しくうち、耳鳴りがしてコントロール不能になってしまうのだ。「なんとしても外に出たい」という欲求が激しく突き上げてきて、暴れもがきながら水面へ突進していきたくなるのだが、それをすると死んでしまうという理性が必死で押さえる。何かに捕まってじっとするとか、生物を見て気を紛らせばとりあえず落ち着くのだが、ブルーウォーターではそれができない。遅れることもできない。ひたすらカレントの中をこぎ続けなければロストしてしまう。だれにも苦境をわかってもらえない。ただ一人耐えるしかない。今度こそだめかな、となんどもあきらめそうになりながら、ふととらえた息子の姿を頼りに、息子だけみながら泳ぎ切った。最後まで息は苦しく早く、ドキドキもおさまらなかったが、安全停止になるころにはなんとか落ち着くことができた。

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今回のショックは、薬を飲んでいたにも関わらず発症した、ということと、途中からいきなり出てしまったことだ。でる、という恐怖に捕まってしまうともう、どうにもできない。薬が古くなっているのもあるだろうが、改めて処方をしてもらわなければ。   

4日目、やってきたグループの中に、同じ悩みをもった女性がいて、同病相哀れみながら深く共感するのであった。辛さを分かり合うのに言葉もいらないくらいだ。それをきいていた別の人が、そうまでしてやりたいのかとのたまったが、その通りなのである。そうまでしてもあきらめられない世界なのである。つい1ヶ月前から症状が出始めたという同病の女性は、わたしより厳しいようで、私が使っている薬よりもっと強いのでも効かないらしく、最後の日はとうとうシュノーケルに転向してしまった。

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上がり際、船底で頭を切って血まみれになった夫とともに、2本目はもう無理でぐったりしながらパスした。チャベロも様子がへんなのはわかっていたと思う。3本目もだめだと怖いので思わずもう1錠薬をたしたら、今度は眠くて眠くて、3本目マクロポイントで潜っていても、気が付くと寝ていて、海水を飲みそうになってははっとするという1本だった。何を見たかも記憶にないほどで、勢いとはいえ危ないことをしてしまったものだと反省。

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島に戻れば靴もサンダルもはかない、はだしの生活。寝て起きて食べて船にのって潜って、ただそれだけの繰り返し。本を読む時間もほとんどないくらい、原始的な生活だった。電波も文字もなくても全く気にもならないものである。どのくらもつかはやってみないとわからないが。

食事は、スープのあとワンプレート、肉と野菜と豆のペーストがかならず乗っている。夕食にはデザートが付く。朝ごはんはスープの代わりにフルーツとヨーグルトがでる。でもメキシカンは2日で飽きてしまった。特に豆のペースト。この豆がどうやらいんげん豆らしいのだが、かならず毎回お皿にのってトルティーリャチップスが1枚ささってる。わたしは豆類が大好きで、ご飯がわりに食べるくらいで、虎豆やうずら豆煮豆などは大好物なのだが、このペーストには参った。最後は見るのもうんざりだった。なんでもメキシコでは、日本の味噌汁に相当するほど、毎食なくてはならない存在なのだそうだ。

トルティーリャも最初はおいしく、辛いソースをたっぷりかけて楽しんだが、2日目には手をださなくなった。中東の羊の方がよほど大丈夫だったのには我乍ら驚き。しかも輸入品で日本でもなじんでいるはずのハラペーニョなどの辛いソースは、おなかが緩むのだった。この鋼鉄の胃腸を誇るわたしでも、である。何か違うのだろうか。

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真水は毎日ラパスの町から運ぶ貴重品なので、体を洗うのは常温の海水で、最後のすすぎだけ真水をつかう。これも常温なのでもう少し寒くなると辛いと思われる。シャワーはすべて終わったあと、1日に1回のみ。トイレは自力でポンプくみ上げの簡易水洗だが、夜はライトがないと何がなにやらわからない。かといってつけたまま用をたすと、荒く編まれた小枝の壁をとおしてシルエットが丸見えとなってしまう。   

テントは2人用だが、よく浜辺においてある寝椅子にシーツが掛けてあるのみ。薄いシュラフがおいてあったが、気温はなにもかけなくてちょうどいいくらいであった。ラッキーにも私は滞在中ずっと一人で独占だった。

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夜は手が届きそうなじゃらじゃらした星空に酔いしれ、一緒になったダイバーやガイドやスタッフと楽しく夜中までテキーラをすすり、旅やダイブスポットの情報交換をして共感したり驚いたり、またたくまに4泊5日は過ぎて行った。合間に一度だけカヌーで隣の入り江まで漕いでみたり(これは予想外に腰に悪かった)4日目には世界遺産である島を横断するトレイルを3人で完歩した。このトレイルはいわゆる枯沢を標高差50mもない程度ゆっくり登っていくのだが、男二人はものの10分でへばってしまい、何度も休みながらはぁはあぜいぜいと苦しそう。私は最近、山で男性に後れをとるようになってめげていたが、まだまだと自信を回復したのであった。

あきらめそうになるのを励ましながら、1時間で島の向こう側に到達。真っ青な海と断崖絶壁を堪能してキャンプに戻った。昔々だれかが捨てた真珠貝の貝塚が、キャンプのすぐ裏手にあって、詳細はいまだ不明なのだそうだ。ちいさなトカゲや、黒くてスリムなウサギに途中であう。

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このウサギは夜には食堂テントにやってきてはエサをねだり、なんと手からも食べるのだった。が、厳しいガイドのカルロスには、世界遺産の島だから餌付けはNGと怒られた。

他に、カモメのチャーリーとナオ、アオサギも住み着いていた。チャーリーもトルティーリャをねだりにテーブル近くまでやってくる。お茶目なチャベロはひどいことに、辛いソースを付けてなげたりするのだが、チャーリーはそれを海で洗って食するのである。カモメがそこまで智恵があるとはついぞ知らぬわたしは驚いた。

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このチャーリーは怒りんぼで、時々やってきて餌を横取りするペリカンに突っ込んで撃退することもあるという。そのノリで5倍くらいあるアオサギに向かっていって逆にぎゃふんと言わされるというかわいいやつである。

もう2匹、夜な夜な食堂テントのトレリス部分にのみ現れるバビズリという動物もいた。これは初めてみた動物だが、長いしっぽは輪っか模様でワオキツネザル風。体はイタチやフェレットくらい。息子が調べたところクマの類に属するようで、アライグマみたいなものかもしれない。

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こうしてついに最後の日がきた。最終日はどこでどう潜るかについて、前夜滞在メンバとチャベロの間で議論が交わされた。これは初めてではなく、3日めにも起こったことで、想像するにちょいちょいあるはずだ。だって、キャンプにいる人は日数、経験、志向、全然ちがって、船は一つ、サイトもほとんど2つに限られているのでは仕方ない問題だろう。

3日目はうちのオットが交渉役となり、カルロスを苦悩させてしまって申し訳なく思ったが、同宿のみなさんには喜んでいただける結果となった。最終日も、昨日と同じところは嫌だというひとと、厳しいポイントは潜れないという人で2派に分かれ、チャベロの采配は「明日朝オフィスと相談して」ということになった。

ガイドとしてもすべての客の言い分はきいてやりたいところだろうが、そうもいかないし。
こちらとしてもお金を払っている分は楽しむ権利を有するわけで。

最終日はアシカ2本。2本目はうちの家族3人だけという貸切状態で大満足、アシカの赤ちゃんには手をアムアムされ、滞在中最高のダイビングを楽しみ、ラパスに帰る時はジンベェウォッチ。あまり期待していなかったが、3度発見して、1度だけ一緒にスイムできた。

エリックが発見するもどこをどうみてもわからない、という状態のあと、しばらくすると素人にも見えてくる。その間に装備して待機、エリックのGO,GO、GO!という合図とともに飛び込む。4mほどの子供だったが、初めて自然な状態のジンベエをみられて大満足であった。

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夕方ラパスに戻り、お世話になったカルロスにお礼をいって、すぐとなりのハイアットまで送ってもらう。まだ水のしたたる道具袋をひいて部屋でバラし、ウェットだけは外で干すためと体の塩抜きのためプールへいく。泳いでも泳いでも、塩が抜けない気がする。5日間、ほとんど完璧な塩漬け状態であったのだからしかたない。髪の毛はぱさぱさでぺったりし、肌もカサカサ。せっせと日焼け止めを塗っていたにも関わらず、曲げると肘の部分は黒々と陰影を造る始末。

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ひと段落して町へご飯へでかける。もうメキシカンはだれも食べたくない。にぎやかな街を抜ける途中、息子が「ハンバーガーうまそう」という。この一言に激しく同意。迷いなくテキサスバーガーという店に入る。当然のごとくスペイン語のみなので、わたしが片言で対応してオーダー。これが実にうまいバーガーであった。そのあとスーパーで夜の飲み物やつまみ、アイスクリームを買い込んで、迎えの車に拾われて帰る。やっとwifiも拾えるようになり、留守番の下の息子ともつながる。しゃばに帰ってきたのであった。

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翌日は9時過ぎの便でメキシコシティへ。ついてまず空港併設のホテルにチェックインして荷物を置いて、数時間の観光にでることにする。最初は街中の遺跡や古いカテドラルを見に行く予定だったが、到着したメキシコシティはあいにくの雨。歩き回れないので、国立人類学博物館へ行くことになった。これがまたすったもんだ。タクシーは往路で辟易したため、地球の歩き方で太鼓判の会社のブースを探したが、あいにく出払っていてつかまらず。それならば地下鉄でいってみることにした。わたしは海外で一人で乗った経験もあるし、大都会の地下鉄は難しいことはないので何の抵抗もなく、かえって面白がったわけだが、さにあらず。

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まず汚すぎ、ぼろすぎる車体に乱暴すぎる運転。怪我するかと思った。おまけにラッシュアワーと重なったらしく、東京なみのぎゅうづめ。どこまで乗っても一律40円という安さから庶民の足らしく、それこそほこりまみれの汗臭いメキシコ人と肌もふれんばかりで押し込まれ、そこへ駅ごとに物売りが乗り込んでくる。飴の束やCDなどを売るのだが、決まり文句を節をつけて怒鳴りまくる。もちろん誰も買わないから聞いているだけだが、これが痛い。大人ならまだしも、そのうち子供まで乗ってきていたたまれない、と思っていたらこれが曲者。たまたま席があいて座っていた夫のひざになにやら落し(わざと)、それを拾う風を装ってウェストポーチのジッパーに手をかけたというのだ。夫はジッパーに小さいカラビナのようなものをつけて開かないようにガードはしていたのだが、思わず手を払いのけたといっていた。

油断も隙もならない。わたしも荷物などもたず、デジイチなどとんでもなく、貴重品だけ肌身につけての移動だったが、常にお腹をおさえながらの緊張を強いられた。 

帰国して中南米エキスパートの達人の先輩にきいたら、メキシコの地下鉄はスリの天国だ、とのことだった。

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国立人類学博物館は広大でたしかに奥の深い立派な博物館であった。閉館まで時間がないので駆け足で全展示部屋をみたけれど、解説はほとんどスペイン語のみなので、ゆっくりみても大してわからなかっただろう。それでもパレンケの王様のヒスイのマスクがある事は知っていたので、それだけは見たいとおもった。マヤの各祭祀センター、オルメカ、アステカ帝国、どれもスマートにまとめられた展示で見やすかった。

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土曜日なので6時50分まで延長された閉館時間ぎりぎり、全部見終わった。さてホテルへもどるのに、どうしようというわけだ。地下鉄はもうこりごり。ぐるりと迂回するような路線乗り継ぎ(3路線)になるので時間もかかる。タクシーしかないなとおもうものの、ティオティワカンのトラブルもあり、流しは絶対ぼったくり間違いない。夫はわたしの片言で交渉してほしいという。しかたないが単語10個くらいしかしらないので、だれか捕まえようとおもった。見るとIDを首から下げたおじさん二人。これはきっと職員、てことは学もあるはず。英語しゃべりますか、と問うたら一人がYESという。やれやれ。「すみません、【空港までいくら】、ってスペイン語でなんていえばいいか教えてください」と教えてもらう。ついでにおおよその値段もきいておく。間髪いれず客引きにつかまるので、教えられたとおりのスペイン語をぶっぱなつと500ペソという(1ペソ8円なので4000円)。いやいや。MUCHO!といって拒否ると、しかたなさそうにタリフをとりだしてきて、aeroporte350というのを指さす。

ほんとは200くらいじゃないか、ときいてはいたが、聞いたおじさんも正確ではないだろうし、200とか250という数字がいえないのでしかたない。ウズでは書いて交渉したが雨もふっていたので手を打つことにした。

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息子は不安を示し、やめようよというが、通るコースをみても乗ってきた地下鉄に沿っているようなのと、車内がきちんと整理整頓して綺麗だったので、悪いヤツでもなさそうだと思い、気にしないことにした。このくらいの妥協と鷹揚さをもっていないと、危ない国での旅はできない。知らない事自体不利なのだから。ストレスとお金を払えば解決することとのバランスをとるのが肝である。

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無事空港までもどり、あとはお土産の調達と食事である。これまでの旅の経験として、地元のスーパーにおもしろいご当地のいいお土産が見つかることが多い。

が、町のスーパーまでまたタクシーもありえないので、空港併設のコンビニやスーパーで探すことにしてうろうろ。1時間もあるいただろうか。なんとか調達して食事となったが、これが空港だからめちゃくちゃ高い。パスタが3000弱もする。肉料理のコースにいたっては5000円くらいかかりそうだ。疲れたし、なによりメキシカンじゃないものがたべたくて、テイクアウトのイタリアンでピザやラザニャ、サラダを調達してホテルにもどる。

これまたスペイン語での買い物はわたしの担当であった。

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翌朝はいよいよ帰国便にのる。7時の便なので4時に起きてチェックアウト、UAのカウンターでヒューストンまでのチェックインをする。その後UAのラウンジでなにか食べようとおもったら、さすがメキシコ6時にならないと開けないといって、扉の前には10人ほどの人が立って待っているにもかかわらず、絶対時間まであかないのであった。

10分ほど待ってやっと座り、暖かい飲み物とサンドイッチで軽く食事。そう、メキシコシティは寒いのだ。びっくりなくらい。なぜなら標高が2200mを超える高地なのである。

昨日の観光時も雨がふっていたのもあったが肌寒くて、薄い上着では心細いほど。現地人は大げさにもウールのコートやらダウンやら毛皮の襟付きジャケットやら、冬支度であった。あっけらかんと抜けた空、サボテン、灼熱の日差しにテキーラ、などといイメージとは程遠く、どんより薄暗く、町も汚くくすんだ印象だし、治安もよろしくないことでメキシコシティの印象は良いものではなかった。

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2時間半の飛行のあと、帰りはどのくらい待たされるやらと戦々恐々だったヒューストンのイミグレは、なんと誰もいない。拍子抜けするほどあっけなく通過して、あとは会社向けのちゃんとしたお土産を買い込む。3人で相談して、帽子好きの下の子のためにいわゆるテンガロンハットを買ってみることにする。喜ぶかな?

テキサスはもともとメキシコだったところをアメリカがぶんどったので、メキシコ文化が色濃いし、独自の郷土愛が激しいらしい。石油がでて農業も盛んで豊かな土地なのだろう。ずっと日本語の家庭教師をしていた女の子のママがテキサス出身だったことを思い出す。こんなところから日本にきていたのだなぁとしみじみ懐かしく思う。

ヒューストンでもUAのラウンジでナッツなどつまみながら待ち時間を過ごし、いよいよ14時間半の機上の人となる。が、だれやら一人客待ちの挙句、取りやめになったから荷物を下ろすとかでかれこれ30~40分またされてやっと離陸。

往路とおなじくビジネスは1席ずつ入れ子で区切られ、完全にプライバシーが保たれてこの上なく快適であった。おまけに窓際をとってくれていたので、ずいぶん地上の風景を楽しむことができた。連呼するがアメリカ大陸を見るのは初めてなのである。今回はあらかじめ地図を確かめて、どんな街、どこの地域を通過するかしっかり見ようとおもった。コロラドの月がうたわれる乾いた絶壁の大地、あのあたりがグランドキャニオンだろうか、とか、アイダホのジャガイモ畑だろうか、とかああ、ロッキーなんだな、とか、飽きずに楽しく眺めていた。最後はアンカレッジの南を飛ぶのだが、雲が広がって憧れのアラスカを見ることはできなかった。

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機内食もがっつりおいしくいただいて、時差解消のためもあったが眠くもなかったのでほとんど寝ずに5本映画をみた。往路も5本みたのでハリウッドは見尽くして、しかたなく見たインド映画の「PK」が非常によくて驚いた。目からうろこで、思いもかけず引き込まれてしまった。テーマも重いものを軽やかに、だけれど唸らせる描き方をしていたし、映像も綺麗、役者の質も高く、もう一度見たいとおもうほどだった。他にはピクサーの「インサイド・ヘッド」。これもシリアスなテーマを取り扱っていて、子供向けアニメとしては地味だけれど、とても興味深いものだった。「ヴェルサイユの宮廷庭師」はアラン・リックマンの美学がにじんだ秀作であった。衣装や舞台が豪華ながらもリアルで美しかった。初めて気が付いた俳優、マティアス・スーナールツに注目。良い。

しかし長い長い14時間半のフライトもやっと終わって成田についたら、瞼がくっつきそうで頭は機能停止となっていた。さっそくかかってくる仕事の電話にもろくすっぽ記憶が回復せず、帰宅して夢遊病者のように片づけをして倒れこんでしまった

やはり新大陸は遠いですな。でも次に本格的に行くための良い下見になりました。

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2014 Philippines

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昨年とおととしは、家族でのダイビング旅行はきませんでした。

今年は久々に夏休みとして、フィリピンはセブ島のオスロブというところへいきました。実に7107もの島から構成されるという多島国家。どうでもよいことだが、アーキペラゴという語がなんとはなしに好き。

で、オスロブには何があるかというと、ジンベェザメ保護区があるのです。これは、3年ほど前から始まったもので、正確なことはわからないらしいが、一説には漁師が面白半分に餌をまいたら、ジンベェが餌付き、次々と集まってきたというもの。これを自然保護団体などの反対をおしきって、オスロブの市長だか町長だか、偉いひとが、金儲けの種にしたというのです。
人間、儲け話には目がない、当然。それが投資がいらないならなおのこと。てなことで、一大アトラクションと化したわけです。

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なんだかんだいって、絶滅危惧種のジンベェザメは、自然条件で出会おうといってそう簡単にできるものではない。これまでジンベェがみられる確立が高いスポットとしては、モルディブのアリ環礁、タイのシミラン、ガラパゴス、中米のなんとかいう島、など数えるほどしかありませんでした。そういうところで1週間潜っても、ダメな時はダメ。それが自然相手の遊びであるダイビングです。

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わたしの心情としてはそれが在るべき姿なのですが、今回の旅の主催者はそういう考え方ではない。非常に合理的かつ堅実かつ、コスパ追及型なので、最小限の投資で最大の効果を狙うわけですね、
たとえばモルディブのリゾートで一行4人が1週間滞在して毎日潜るのと、フィリピンの田舎の安宿のそれとはケタが一つ違うほどになるかも。それはいいすぎか。でもフィリピンの4人分がモルディブの1人分というかんじでしょうね。
中米などもってのほかですな。まぁ、主催者=スポンサーなので、行かせていただく私には文句など一言も言えた義理はありません。

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それはそれとして、いちおう天然もののジンベェ17頭に囲まれる、ヒレが触れそうになる、口に吸い込まれそうになる、などという経験は、多分この場所この時しかないであろうと思われます。そういう意味では一生に一度の貴重な体験ではありました。感謝。

そしてもちろん、いろいろと思うところありでございます。

その①。
先ほども書いたように、偶然、遠くからやってくる大きな影にはっとし、息をのみ、なんだろうとドキドキし、やがて見るのが難しい珍しい生き物だとわかり、驚愕し、僥倖に失神しそうになり、言葉もなく息をするのも忘れて見つめ、悠々と過ぎ去る影を畏敬と畏怖をもって見送る。これがわたしの望むスタイル。それでこそ見たことの価値と感動があり、現場にいったことの意味がある。たとえ不発でも努力は厳然たる事実であり、おおきな運命の手に操られただけのことだと思えばよい。

その②
日焼け止めクリーム禁止(海を汚さないため)、触ってはいけない、というルールを設けているのは○。でもそれは、ジンベェに限ったことではなくて、すべての海、すべての生物に当てはまることです。
まあ、そのようなルールを守らせようと頑張っていることは正しく評価できます。が、そのオペレーションとなると、これがカオス。あれではジンベェは早晩いなくなるでしょうし、あのスタイルでの観察はできなくなると思われます。
触るなと言われても向こうから突進してくるんですから。それで事故にならないほうが不思議。いつかジンベェも傷つくでしょう。いや、もうすでにそういうことが多々あっているのかも。

それならブイの下に網をめぐらせて、その外からしか見られないようにしたほうがいいと思いました。精神衛生上もそのほうがいいと思います。個人的には。

その③
地元の案内人の中で覇権争いがあるのか、そういう個人的なレベルでの操作が横行しているような雰囲気が感じられ、正義公正の立場からの生物自然保護ではなく、別の思惑が感じられる気がどうしてもしてしまう。他国の事情で非難いけれど。なんとなくうさんくさい違和感はぬぐえない。

実際行ったし、拒否もしていないので、文句を言うているわけではさらさらないが、わたしの主義や感覚とは合わないなぁと思った次第です。

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ダイビングとしては、3日間、潜ったのは、1日目ジンベェウオッチング1本、スミロン2本、2日目スミロン2本、3日目はバリカサグをリクエストしたのだが、午後荒れる予想でボートがいきたがらないとのこでまたスミロンで3本。透明度はよかったけれど、カレントもなく大人しくかわいらしい海で、ダイナミックな面白さはなかった。
1年半ぶりのコーラルフィッシュたちはあざやかで綺麗だったが、サンゴはガタガタで残念。生物相含め沖縄の一部の海に酷似していた。

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滞在は日本人ご夫婦経営のペンション。奥様の手作りのお料理はおいしかったが、全日、山盛りのマンゴー以外は「日本の家庭食」だったので、帰国直後タイ飯をたべてしまった。
オスロブは田舎なので、他にすることもなく、ダイビングのほかはみんなでトランプばっかりしていた。お金を使わないという意味ではよいかも。

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Scuba iin Katsuura

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実に1年8か月ぶりのスキューバにいってきました。ところは千葉県・勝山。勝山ダイビングサービスは港直結。元気なスタッフさんとお客さんたちでにぎわっていました。
わたしは千葉の海で潜るのは初めてです。目的はリハビリなので特に期待もなかったですが、なにしろ伊豆は混んでいやなのと、夫に他の目的があって勝浦になりました

息子×2は3年ぶり。夫は2年半ぶり。わたしはおととしの年末沖縄にいっているので、そこで確認できたのだけれど、やはり彼らもウェットがじぇんじぇんあわな~い。上の息子は逆に、当時励んでいた居合道を引退して筋肉が落ちたとかで、余るくらいだったが、残り二人がね。

結局夫のを下の息子がおさがられ、夫はまたも新調となったそうな。ウェット自体が縮むのはありなんだけど、作って2年半で着られなくなる腹の出具合はどうなのよ。

そういう私も沖縄の時には着られなくて、下の子のを借りてしのぎ、直後長年構想を温めていた6半(6.5mm厚のちょっとエキスパート用)を新調したのですがそれっきり。
倉庫の肥やしとなっていたわけですが。6半はジャージのウェットとちがって着脱が難しい。初の6半、ちゃんと着られるのかとドキドキでしたが、無事問題ありませんでした。

おまけに、2本目ボート、水温は20度ちょっとのところ、さすが6半。シーガルでも全然問題なし。ジャージの人たちは寒かった~といっていたのに。
これでどこへいってもへっちゃらだい♪

だけれど問題もあります。6.5mm=厚い=保温性が非常に優れている=空気層が大きい=浮力が大きい=ウェイトが重くなる。

この最後の部分が問題です。わたしはこれまで5mmのワンピースでだいたい2キロから3キロのウェイトで潜っていましたが、今回ビーチが浅くて浮きやすいとのことで、やや重めにしたとはいえ6キロつけました。これは治療中の腰痛にはきつかった。立ってるだけでヨロヨロしながら潜りました。水にはいればなんてことないんですけどね。

もう一つ問題は例のパニック。お守りができてからはすっかり改善していたのですが、ふと気が付くとお薬の期限が・・・。調べると普通3年といいます。わたしの薬の処方は2010年。

うーむ・・・微妙。もし、効かなかったら・・。とりあえず使ってみてダメならまた処方してもらわねば、と思ってやってみたが、なんとかなったかなあ。ボートの視界の悪い中での待ちの時にちょっと嫌な感じになったけど、やばくはなかったのでとりあえず9月のオスロブはこのままいくことにする。あとはダイコンの電池が切れていたのでショップに持ち込んだら「これいつのですか」と笑われる。今ではもう見かけない型らしく、一生懸命カタログを調べたりしてやっと対応してくれた。いまじゃもう、みんなソーラーなんだって。

1本目はビーチということで、生簀から。ごんずいが群れていましたかね。サーフタイム40分ほどですぐ2本目ボート。船はおじいちゃんの操る漁船。でもエントリーエグジットはステップ付きラダーがあって助かる。エントリー直後は視度2mというところだったけど、深度20m超すと7m程度に回復。おさかな大きなヒラメとウツボがちょこちょこいたくらい。ウミウシが何種類かいました。ダイブタイム40分ほど。以上!

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勝山は初めて行ったけど、基本漁師町、局所的にリゾートな雰囲気のところでした。朝市が有名で、輪島と、もうひとつどこかと並んで日本三大朝市というらしいけど、時間が9時近かったせいか全然たいしたことない感じ。これがぁ?というのが正直な感想でした。海産物は朝採れのカツオとか貝類、他は干物がおおく、どちらかというと農産物の割合の方がおおかったかなあ。

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それよりも勝山名物B級グルメとかいう、勝山式担担麺がおいしかったです。辛いものには強いわたくしですが、これは啜るたびにむせてしまいました。ごろごろ大きい賽の目に切った玉ねぎが特徴的。スープがおいしくて完食してしまいました。

余談

ログブックを忘れたので翌日もう一度ショップにとりにいったら、スタッフの女性に声をかけられた。表紙に張り付けた那覇のショップのステッカーに反応したらしい。「私、昔ここにいたんですよ。どなかた知り合いがいらっしゃるんですか?」「はいー、○○くんっていう人ですけど」「うわー○○さん、わたしの先生~」てな感じで、懐かしくも奇遇な縁が浮かび上がりました。世間は狭いですな。

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新年

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2013年が明けました。今年はどんなことがまっているのでしょう?

とりあえず31日夜山小屋へ。1日朝起きて志賀へ初滑り。ジャイアントから入って発哺、西舘、一ノ瀬から焼額、奥志賀と滑り渡り。さすが志賀はエリアが大きくて一日飽きない。おまけに寒かったせいで、霧氷も雪も最高。片栗粉のようにキシキシ鳴る良い雪でした。私はもう、怪我が恐いので慎重な滑りですが、今年は次男がネットに突っ込んで肩を負傷。一日片手で滑っていましたが大事にはいたらなかったようです。彼は近視がひどくなったのに、メガネをかけないのでみえなかったというのですが・・。

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今年のおみくじは「中吉」。ですが、運気は下降気味、なにごとも慎重に、だそうな。

【目標】地道に楽しみましょう。良いことをして。

【山】

・岩:どこかいけたらいいなぁ

・沢:また3本くらいにしとこう

・雪:厳冬期=正月早々、初体験になりそう

   残雪=五竜。

・縦走:ぜったい悪沢・赤石・聖・光!

・クライミング:なるべくいくようにします

【自転車】

・レース:今年も何か1本。

・遠乗り:今年こそ乗鞍

【ダイビング】

・沖縄にできるだけいく

【バイク】

・高速にのる!のって遠出する!

【旅行】

・どこかかならず海のそとへ1回は。

今年はなんとなく気合の入らない年明けです。ということで目標もシンプルかつ低次元になっております。振り返りがめんどくさくなってきたのもありまして・・・

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ふりかえり

2012年の振り返りです。今年は結構いいかもしれない。

目標

  ・自分で判断する目は持ちながら「人には寛容に自分には厳しく」の心でいきたい
   どうかな~。そこそこでは。。。

  ・アイス     どこかホンチャン1本。ゲレンデもホンチャン1本、ゲレンデ数本
  ・       どこか1本。ちゃんと岩トレします今年もゼロ。
  ・        特に行きたいところはないけど、3本くらいは。
                                       3本達成。リベンジも
  ・縦走      南。聖と光で1本。悪沢と荒沢で1本。南は全滅
             北。立山と薬師で1本。           北は薬師達成
  ・         白馬、五竜(残雪)バースディ山行はどこにするかな~
                                    白馬達成。杓子、谷川も

  ・クライミング  ちょっとはまじめにやらないと。それには体軽くして
                                          少しがんばった                     
自転車

  ・レース    できれば初参戦。ツール・ド・おきなわがいいなと思っている
 
                                   ツール・ド八ヶ岳で達成
  ・ツーリング まずは昨年やり残した乗鞍ヒルクライム 乗鞍トライbut敗退
            能登も走ってみたい。それとシクロで林道ツーリング1本。
                                            能登達成
                                     
シクロは乗らなかった

バイク 

  ・とにかくたくさん乗って慣れる。慣れたらちょっと遠くまで
                                  乗ったけど遠くはまだ無理
  

ダイビング

  ・今年は沖縄にいこう。 気がつくと昨年は1回もいってない。びっくり。
                                            沖縄達成

【仕事】

  ・なれない部署なので、粛々とミスのないようにまぁ、そこそこ

その他

  ・仕事の様子にもよるけど、海外放浪の準備をしたい。ネパールの下見とか
  そのためにはちょっと節約して貯金しないと。昨年後半はお金使いすぎた
                          海外ゼロの年となった。貯金はやや回復

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初潜り潜り納め

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行ってまいりました。冬の沖縄。もろシーズンオフ。北風びょ~びょ~、空は鉛色、気温18度水温22度。ぶるっ・・

沖縄は基本的に暖房設備がないので、お宿にいる間は布団をかぶってないとさぶくてたまりません。そして定宿はお安いのがウリなので、アウトシャワーのみ。やっぱり冬の沖縄にいくならバスタブのある宿にしたい・・と思うのでありました。

装備は上下長ラッシュに、下はさらにチタンコートの7分パンツ重ね、285さんから借りたフードベストの上にに5mmワンピ、さらにその上に新調したフードベストで3重。頭はダブルフード。ここまで厚い装備にしたのは初めてです。歳ですかねぇ。。。

しかし、寒い代償としてウミウシのシーズン開幕です。ひさしぶりにマクロ三昧でした。しばらく閉鎖されていた〔ということも知らなかったわたくし・・)レッドビーチが再開された直後というので期待しておりましたが、無事2本入れました。立派な設備もできていて感動。4mの波のせいか、那覇方面のショップもきていたらしく、大賑わいでした。

 
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   オニヒトデをみつけた285さん    ガンガンつぶす

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  ミゾレウミウシ(ウィラニ)         ナマコにいる、ナマコカクレエビかなんか

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   ずっとみたかったシモフリカメサン    いやというほどいたムカデミノ

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  バリでしか見られないと思っていた   そして来年は巳年ですな。
  ミミックオクトパスがいました!
  暗くて残念。

その他の画像はサイドメニュー下部のアルバムに。

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うーむ・・・

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今週末、2年以上ぶりで行く沖縄。
午後休で会社から直接行くので、25kgの器材入りスーツケースを朝のラッシュに持ち込むわけにいかない。したがってショップへ事前に送らなくては。

ということで支度をしたのですが・・・

やはり思ったとおり、もともとが相当縮んでいた上に1年半ほったらかしのウェットは、想像以上に縮んでいて、ほとんど子供用のよう。そでは手首から5cmも縮み、肩まであがらず、足もサブリナパンツ状態。汗だくになってなんとか背中のファスナーは閉めましたが、圧迫感でぱつぱつ。この下にフードべストなんて不可能。そのフードベストも7、8年使ってなくて、これまた子供用にへんし~ん。昔のモデルなので脇やフロントのファスナーまたはベロクロなんてない、完全かぶり。むり。着てはみたものの脱げなくなって半泣き。息子に引っ張ってもらってやっとこさ解放されました。閉所恐怖症にとっては圧迫はある種拷問なのです。

ウェットは、1999年の夏、ライセンスをとった時に作ったオーダーもの(ウェットスーツは基本的にオーダーです。体に合わないと冷たい水が入り放題で保温の意味がないから)。うつくしかったエメラルドグリーンに濃い紫のラインをいれた鮮やかな配色も今では褪せてしまい、表面生地は剥離してベロベロ、気泡はつぶれて3mmくらい、ヒザはしみだらけ、あちこち擦れたりやぶれたりと、経年劣化も激しい。普通は10年が限度といわれているウェットスーツ。よくがんばってくれました。一緒に行った海は数えきれないほど・・。

沖縄は本島、ケラマ、宮古、関東ではもちろん大瀬や東伊豆、八丈、海外ではコモド、モルディヴ、バリ、フィリピン、タオ、パラオ、フィジー、ポンペイ、サイパン、去年のマラトゥア。気に入ってリピートしたサイトもリゾートもいつも一緒。歯をむいてむかってくる凶暴なゴマモンガラや毒のトゲトゲ、ガンガゼウニや、痛いサンゴ殻や冷たい海水から私を守ってくれた。伊豆のニゴニゴからポンペイの50mオーバーまで、300本一緒だったね。ありがとう。

今回はたくさん着込むので急場しのぎとして大きいけど家族のを借用することにしましたが、今後どうしよう・・・というのが問題です。新調するかどうするか。悩みます。

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年末近し

あっというまに12月になってしまった。どころかもう1週間過ぎてしまった・・・
あと3週間で終わりじゃないか~
・・・てことで遊んでばかりぢゃいちゃいけない、と反省。

今週はしなければいけないことに充てる為お出かけなし。とはいえ、なくなったコンタクトをやっと作り、美容院にいき、とそれだけで終わってしまった。めちゃくちゃいいお天気だったのに。

もうひとつ、いきなり思い立って再来週の連休に沖縄に潜りに行くために各種予約の手配。連休だしどうかな、と思ったけど、なんとか飛行機も宿も押さえられました。一番大事なダイブショップは名ガイド285さんで。(やっぱり遊ぶことばっかり考えてる気がする・・・

それにしても最後に行ったのはいつだろ・・・的な久しぶりさ加減。たぶん2年以上行ってません。285さんがお一人で切り盛りなさるショップは中部うるま市の「潜水案内沖縄

Nec_0048_2かなり玄人好みのガイドさんかも。

ダイビングは今年夏、恒例の家族ダイビング旅行がなかったので、実は今年初潜り!
同時に今年最後の潜りとなりますねぇ。なんてこったい。
年頭の計画では「今年は沖縄に行く!」というのを挙げましたが、ギリギリ滑り込みセーフ
しかしウェットが入るのか・・・
すでに冬仕様の体型になりつつあり心配~

全然関係ないけど、ゆっくり家にいる休みの朝はゴハンもしっかり作れます。淹れたてのフレッシュコーヒーもたっぷり味わえます。休みの朝は手をかけてパンケーキとか蒸しパンとか作ってパン食です。こんなもの見つけていただいてみました。ほんのり粕っぽい香がする、不思議な柔らかなおいしいさでした。砂糖不使用だって。

ついでに備忘。最近見た映画で面白かったのは、ジェイク・ジレンホール主演の「 Prince of Persia」。ペルシャの風物や砂漠がでてくるだけでもうっとり。ジェイク・ジレンホールはお世話になったバイクの先生が似てるんだなぁ。この映画では身体能力のえらい高い役を演じるのですが、そのためにトレーニングして、スタントほぼなしくらいでやったそうです。かっこいいよ。高い城壁に取り付いて侵入するシーン。部下がジェイク演じるダスタンの手元に1本1本矢を射って、ホールドを作っていくんだけど、あれすっごい大変だとおもう。あれができれば、12くらい登れそう。だってランジ(飛びつくムーブ)してた。
女優さんも綺麗で好みだった。ジェマ・アータートンとかいう人。ジェニファー・ローレンスの「Winter ・・・」もみたけど、これはさしたるインプレッションはなかったなぁ。
本は「ユダの覚醒」が終わって、ミーハー路線で「ロスト・シンボル」byダン・ブラウン。まぁ、さすが大衆作家といいますか、読ませますね。相変わらず雑学好きにはよだれものです。

楽しみなのが「思いがけない冒険」。でも先日のオフ会でも話題になったのですが、あれをどうやって3部作に仕立てていくのか興味津々です。

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